関節リウマチが女性の妊孕性に与える自然妊娠への影響
関節リウマチ (RA) は主に女性に多く、しかも発症年齢が妊娠適齢期にも発症する疾患です。現在は関節の治療は進歩し、関節リウマチ患者さんが妊娠・出産することも可能であり、相談しやすい環境になってきています。
一方で、妊娠出産を将来希望するリウマチ患者さんには、専門的な知識に基づいて人生プランを立てることも重要だと考えます。
このページでは、自然妊娠率のエビデンス(科学的根拠や統計)について解説します。
関節リウマチ患者では自然妊娠のしにくさ(妊孕性の低下)が報告されており、希望する子供の数を持てない、あるいは出産経験のない女性が健常者より多い傾向があるとされています。具体的には、避妊せず1年以上経っても妊娠に至らない割合(不妊率)が関節リウマチ患者では36~42%と高く、一般女性の約10~17%よりも多いという統計があります。
このため関節リウマチ患者さんでは、健常者に比べて妊娠までの期間(time to pregnancy)が延長しやすいことが示されています。このことは、『何歳ぐらいから妊活を始めるか」など、様々なプランにとっても大事です。
関節リウマチ患者さんの不妊要因としては、医学的検査で説明がつかない「原因不明不妊」や排卵障害が多いことが報告されています。ある研究では、関節リウマチ患者さんの不妊の原因は原因不明48%・無排卵28%であり、いずれも一般不妊患者で報告される割合より高い値でした1)。
一般集団では不妊カップルの8~28%が原因不明不妊とされます。関節リウマチ患者さんで原因不明不妊が多いことは疾患そのものに起因する要因(例えば慢性炎症や自己抗体など)が妊孕性に影響している可能性が検討されていますが、まだ原因ははっきりしていないのも現実です。同様に疾患活動性が高かったり妊娠前後にプレドニゾロンなどステロイドを使用している場合も、妊娠までの期間が延びる関連が報告されています。ですが、これらのことから、関節リウマチに治療では、疾患活動性を適切にコントロールすることが妊孕性確保に重要であることを示唆しています。
また、関節リウマチ患者さんでは『早発卵巣不全(POI:40歳未満で卵巣機能が枯渇する状態)」の合併が一般より高い可能性も指摘されています2)。自己免疫疾患である関節リウマチは、他の自己免疫疾患(甲状腺疾患や1型糖尿病など)と同様に早発卵巣不全と関連しうる疾患の一つとも考えられています。早発卵巣不全になると月経異常や卵子数の著減によって不妊となるため、RA患者では若年~壮年期に卵巣機能低下が起こるケースに注意が必要です。
関節リウマチ患者さんは、統計的には不妊治療(生殖補助医療)を要する割合も高いことが知られています。妊娠に至ったRA患者のうち17%は体外受精(IVF)や人工授精など何らかの生殖医療の助けで妊娠しています。これは一般の妊娠に占める不妊治療利用率(数%程度)より高く、RA患者では妊娠を希望する段階で婦人科による支援を受けるケースが多いことを意味します。実際、ある全国調査ではRA患者で不妊症と診断された女性の約72%が体外受精や排卵誘発など何らかの不妊治療を受けており、これは一般不妊患者と比べ約1.5倍と高率でした。
以上より、関節リウマチ患者さんは自然妊娠しやすさが少ししにくいとされています。
そのため、適切な治療と管理により早期から妊娠可能な時間を長く取れる準備が大事と考えます。
当院では実際には多くのリウマチ患者さんで最終的に妊娠・出産に至っており、疾患と妊娠の両立支援を診療として大切にしております。
体外受精(IVF)における成功率への影響
RA患者が体外受精(IVF)など生殖補助医療(ART)を受けた場合の成功率は、適切な条件下ではおおむね一般不妊患者と同等であると報告されています。
前述のようにRA患者では不妊治療の利用率が高いものの、治療を受けた場合の妊娠率は他の不妊症患者と比べて遜色ないか、むしろ良好な傾向すら示されています。オランダの研究(PARA研究)によれば、関節リウマチ患者さんが不妊治療を受けて妊娠に至った率は一般の不妊患者より高かったとされ、著者らは「RA患者における不妊治療の成果は良好である」と結論しています。
具体的なデータとして、関節リウマチ患者さんでのIVFによる妊娠成功率は**1回の胚移植あたり約40%**に達したとの報告があります。この研究では関節リウマチ患者さん20人に対しIVFを42サイクル行い、17回の妊娠成立が得られています(周期あたり妊娠率40%)。患者一人あたりでは半数(50%)の女性がIVFで少なくとも1回は妊娠に成功したとのことです。
これらの数値は、年齢30歳前後の一般不妊患者におけるIVF成績(移植あたり妊娠率30~40%程度)と同水準です。**人工授精(IUI)**についても、RA患者36人に178サイクル行った結果、**周期あたり妊娠率11%**であり、一般的な人工授精成績(約5~15%/回)と同程度でした。こうしたことから、関節リウマチそのものが卵子の受精能力や胚の着床率を著しく低下させるエビデンスはなく、適切な不妊治療を行えば妊娠は十分期待できるといえます。
一方で、関節リウマチ患者さんの生殖補助医療での出産率に関してはいくつか留意点があります。RA患者では妊娠できても流産(妊娠損失)のリスクがやや高い可能性があります。特に疾患活動性が高い場合、流産率が上昇しえます。ある後ろ向き研究では、関節リウマチ患者さん(イタリア全国データ)において妊娠あたりの流産率が非RA女性より有意に高かったと報告されています。このため、IVFで受精・妊娠判定に至っても最終的な出産率は健常女性より低下しうる点に注意が必要です。
なお、年齢は関節リウマチ患者さんの場合でもIVF成功率を大きく左右する因子です。RA患者を含むリウマチ性疾患の女性17人を対象とした小規模研究では、35歳を超える患者のIVF-ICSI妊娠率は1サイクルあたり19%にとどまり、35歳以下の患者に比べ低下していました。ただ、これは一般不妊患者における高齢周期あたり妊娠率(20%前後)と同程度で、加齢に伴い妊娠しにくくなる点として、一般と変わらないとされています。
以上より、RA患者がARTを行う際は年齢要因や流産リスクを考慮し、可能な限り若いうちに治療を受けること、そして妊娠中もリウマチを安定させる管理が重要となります。
下表にRA患者における自然妊娠およびART成績の主なデータをまとめます。
指標・項目 | 関節リウマチ患者 | 一般集団・対照 |
---|---|---|
1年以上自然妊娠に至らない割合 | 36–42% | 10–17% |
不妊原因:原因不明 | 48%(RA不妊女性内) | 8–28%(不妊カップル) |
不妊治療を受けた不妊女性の割合 | 72% | 約48% |
不妊治療による妊娠(RA全妊娠中) | 17% | 数%程度(推定) |
IVF(体外受精)1サイクルあたり妊娠率 | 約40% | 30~40%(年齢依存) |
IVFでの累積妊娠率(女性あたり) | 約50% | 同程度(複数回で概ね50%以上) |
文献に基づく数値になり、絶対的な数字ではありません。
リウマチ治療薬の妊孕性への影響
RA治療薬の中には妊孕性や胎児に影響を及ぼすものがあり、妊娠を希望する際には慎重な対応が必要です。
特にメトトレキサート(MTX)とレフルノミドは禁忌となります。メトトレキサートは胎児に対して催奇形性・胚毒性があり、絶対に妊娠中は使用できません。現在の国際的なガイドラインでは、メトトレキサート投与中は確実な避妊を行い、妊娠計画の際は投与終了から少なくとも1~3か月は経過してから妊娠を試みるよう強く推奨しています。
メトトレキサートは葉酸代謝を阻害するため、高用量では流産や奇形(頭蓋顔面異常や四肢低形成などメトトレキサート胎児症候群)のリスクが知られています。幸い関節リウマチ治療で用いる低用量メトトレキサートであれば、一時的な使用や過去の使用が将来的な妊孕性を永久に低下させるエビデンスはありません。
実際、「短期的なメトトレキサート使用や既往のメトトレキサート使用はRA患者の妊孕性を低下させない」との報告があります。
計画的にメトトレキサート休薬期間を確保してから妊娠に臨むことが重要で、妊娠希望時には医師の指導のもと適切な休薬・代替治療への切替が行われます。
生物学的製剤(バイオ薬)に関しては、妊孕性への悪影響はほとんど報告されていません。抗TNFα抗体製剤(インフリキシマブ、エタネルセプト、アダリムマブなど)は関節リウマチ治療の主力ですが、これら自体が卵巣機能を損なうというエビデンスはなく、むしろ疾患を安定化させることで妊娠しやすい環境を整える効果が期待されます
抗TNF薬は分子量が大きく胎盤通過性が限られるため妊娠初期~中期には比較的安全とされ、実際に妊娠が判明するまで継続投与されることもあります。(製剤によっては妊娠後期まで使用可能なガイドラインが出ているものもあります)。
例えばセルトリズマブ ペゴルは胎盤移行しにくい構造のため妊娠中でも継続可能であり、活動性の高いRAやクローン病の妊婦にも用いられています。一方、リツキシマブ(抗CD20抗体)やアバタセプトなど一部の生物学的製剤はデータが少ないため原則妊娠計画時には避けられます。
またJAK阻害薬(トファシチニブ等の分子標的薬)も動物実験で胎児毒性が報告されており、ヒトでの安全性が確立していないため妊娠希望時には中止が推奨されます。いずれにせよ、生物学的製剤自体が妊孕性を下げるというよりは、適切な薬剤で関節リウマチをコントロールできているかどうかが妊孕性に影響すると考えられます。
その他の抗リウマチ薬では、レフルノミドも催奇形性があり注意が必要です。レフルノミドは体内に長期間残留するため、妊娠計画時には活性代謝物の血中濃度を測定し、コレスチラミン投与などで薬物排泄を促すことが推奨されています。
一方、スルファサラジンやヒドロキシクロロキンといった従来型薬は妊娠中でも比較的安全とされ、妊娠希望時にMTXの代替として使用されることがあります(※ただしスルファサラジンは男性不妊の一因となる精子減少を来すことがあるため、男性側の服用時には注意)。
プレドニゾロンなどステロイドは低用量であれば妊孕性に大きな影響はありませんが、先述の通り高用量連用は妊娠成立までの期間延長と関連するとの報告があります。ステロイドは妊娠中も必要最小限であれば使用可能ですが、高用量では妊娠糖尿病や高血圧など母体リスクも増すため、妊娠が安定するまでの橋渡し的な短期使用に留めるのが望ましいでしょう。
以上をまとめると、関節リウマチ患者さんが妊娠を計画する際には治療薬の調整が不可欠です。メトトレキサートやレフルノミドなど胎児有害な薬剤は事前に中止し、疾患活動性を安定化させるために生物学的製剤や従来薬で疾患を安定させながら妊娠を目指すことになります。
このアプローチにより、関節リウマチ患者による妊孕性への悪影響を最小限にしつつ、安全な妊娠・出産につなげることが可能となります。
関節リウマチ患者さんの妊娠出産の年代別の統計・傾向
RA患者の妊孕性や妊娠率は年齢による影響が大きく、基本的には一般女性と同様の加齢に伴う低下傾向を示します。RAは20~40代の女性に好発するため、多くの患者が妊娠を望む年齢層に属します。年代別の特徴や統計は以下のとおりです。
- 20代: 一般に20代は女性の妊孕性が最も高い時期ですが、関節リウマチ患者さんがこの年代で発症した場合でも多少の妊孕性低下が起こり得ます。実際、関節リウマチ患者さんで初めて不妊に直面した時の平均年齢は約29歳との報告があり、20代後半から妊娠の難しさを感じる患者がいることがわかります。ただし20代前半では関節リウマチ患者でも比較的自然妊娠しやすく、多くは適切な治療下で計画的な妊娠が可能です。そのため、国際的には若年発症関節リウマチでは、疾患が落ち着いているタイミングで早めに妊娠出産を検討することが勧められています。
- 30代: 関節リウマチ患者さんの妊娠は30代に集中する傾向があります。関節リウマチ自体の好発年齢が30歳前後であるため、発症後寛解導入できた30代前半までに出産を希望するケースが多いからです。30代前半では妊孕性はまだ保たれますが、35歳を過ぎると急速に自然妊娠率が低下します。関節リウマチ患者でも35歳を境に不妊治療への依存度が上がり、実際に>35歳の患者ではIVFや人工授精の成功率が低下する報告が多いです。先述のとおり、35歳超のRA患者でのIVF妊娠率は約19%/回と若年層に比べ低くなります。これは年齢要因によるものが大きく、一般不妊患者と同様の傾向です。30代後半のRA患者では流産率の上昇も懸念されるため、この時期までに妊娠しておきたいと希望する患者が多いのが実情です。
- 40代: 40代では関節リウマチ患者さんに限らず自然妊娠の確率が低くなります。健常女性でも40歳時点で不妊のリスクは大幅に高まりますが、関節リウマチ患者さんではそれに加えて早発閉経のリスクや長年の抗リウマチ薬使用歴といった要因が重なり、40代での自然妊娠は稀になってきます。統計的には、関節リウマチ患者さんの妊娠例の大半は20~30代で占められており、40代で初産に至った報告は少なめです。
以上のように、関節リウマチは女性の妊娠適齢期に発症し得る疾患であり、その存在が妊孕性に一定の影響を及ぼします。しかし適切な治療と周到な計画により、多くのRA患者が無事に妊娠・出産を達成しています。近年はリウマチの薬物療法も進歩し、妊娠を見据えた治療戦略(プレコンセプションケア)が確立しつつあります。リウマチ専門医と産科医の連携のもと、疾患コントロールと妊孕性温存の両立を図ることで、関節リウマチ患者さんであっても希望するタイミングでの妊娠・家族計画が可能になってきています。
当院では、プレコンセプションケアは重要と考え、外来で情報提供を行っております。
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