腎機能が低下すると、心房細動に合併する心血管イベントが増える一方で、出血のリスクも踏まえて抗凝固療法について検討する必要があります。
この領域は、結論が出ていない課題であり、個々の症例で個々の判断が重要になりますので、この論文を読んで学んだこととして記載しています
この心房細動症例での抗凝固療法の考え方は?
60歳男性
血圧150/90
既往歴:糖尿病 CKD(慢性腎臓病で eGFR20)
喫煙 1日20本を30年
今回新規の心房細動を診断された
この患者での心房細動に対する治療をどのように考えていくか。
また、
この患者が透析中だったら?
この患者が透析中で、脳梗塞の既往があったら?
CHA2DS2-VASc score
まず、一般的な心房細動の方のリスクファクターです。
C | Congestive heart failure (that is, recent decompensated heart failure requiring hospitalization, irrespective of ejection fraction) or moderate-to‑severe left ventricular dysfunction (ejection fraction ≤40%) | 1 |
H | Hypertention (controlled or uncontrolled or antihypertensive therapy) | 1 |
A2 | Age >75 years | 2 |
D | Diabetes mellitus | 1 |
S2 | History of stroke or transient ischaemic attack | 2 |
V | Vascular disease (prior myocardial infarction, peripheral artery disease or aortic plaque) | 1 |
A | Age >65 years | 1 |
S | Female sex | 1 |
All patients with one or more additional non-sex stroke risk factors (that is, a
CHA2DS2‑VASc score of ≥1 in males and ≥2 in females) should be considered for oral anticoagulants in the absence of contraindications.
一つ以上の、性別と関係ないStrokeのリスクファクターがある方は、禁忌がなければ抗凝固療法を考慮する、とあります。
Female sex is a stroke risk modifier rather than an independent stroke risk factor; thus, it contributes substantially to individual stroke risk only in the presence of additional stroke risk factors.
女性の場合の1点は、単独のリスクスコアというよりは、修飾因子なので、ほかのリスクファクターがある場合で計算に入れる。
HASBLED-心房細動患者における出血リスクスコア評価をする
H | Uncontrolled hypertension (systolic blood pressure >160 mmHg) | 1 |
A | Abnormal renal function and/or liver function | 1点ずつ |
S | History of stroke | 1 |
B | Bleeding (history of or predisposition to(既往や傾向)) | 1 |
L | Labile INRs (unstable or high INRs with time in the therapeutic range of <60%) | 1 |
E | Elderly (>65 years of age) | 1 |
D | Drugs (antiplatelet agents, non-steroidal anti-inflammatory drugs, etc.) or alcohol | 1点ずつ |
HAS-BLED score of ≥3 indicates increased risk of oral anticoagulant (OAC)-related bleeding and serves to identify high-risk patients but not to deny use of OACs.
HAS-BLEDスコア3点以上は抗凝固薬関連の出血リスクを上げ、出血リスクが高い患者を見つけるのに役立つが、これらが抗凝固薬を使ってはいけないというわけではない
Modifiable bleeding risk factors should be addressed, and patients with a high bleeding risk due to nonmodifiable bleeding risk factors should be scheduled for closer, more frequent clinical follow‑up
調整可能なリスクファクターは是正する(血圧、INR値、薬剤など)。調整ができない出血リスクはこまめに診察し、より頻回のフォローアップを行う。
※腎障害は、透析、腎移植、クレアチニン値≥200 μmol/l(2.26mg/dl以上)
※肝障害は、bilirubin >2 times the upper limit of normal (ULN) in association with aspartate aminotransaminase (AST), alanine aminotransaminase (ALT) or alkaline phosphatase (ALP) >3 x ULN.
心房細動とCKD(慢性腎臓病)
心房細動のリスクと、CKDのリスクファクターは共通したものが多い
ー加齢、高血圧症、糖尿病、男性、肥満、睡眠時無呼吸など
心房細動とCKDは、どちらも脳梗塞、心血管合併症、死亡リスク増加の因子となる
CKD→心房細動のリスク
ーCKD患者の20%(5分の1)は症候性の心房細動あり
ー心房細動患者の約半数はCKDあり
心房細動→CKDのリスク
ー血行動態
ー静脈系うっ血
ーRAAS亢進・交感神経系亢進
ー腎微小梗塞
CKDは虚血性イベントと共に、出血性イベント(出血性梗塞、頭蓋内出血、微小出血、消化管出血)を増やす
ー出血リスクはCKDのstageがすすむほど高くなる
慢性腎臓病患者での心房細動と脳梗塞・出血
慢性腎臓病単独や心房細動単独の状態に比べて、
心房細動+慢性腎臓病患者では脳梗塞、血栓塞栓、死亡が多い
–オランダの報告:心房細動単独に比べて心房細動+慢性腎臓病持ち(非透析)は脳梗塞リスクが50%増加(AF+ERDが最もリスク高い)
–透析患者において、心房細動があると虚血性梗塞が26%増加した
という報告があります。
慢性腎臓病合併の心房細動患者では、出血イベントも増加する
–腎不全は凝固カスケード破綻、線溶系の亢進、血小板機能低下、血管壁-血小板作用障害(CKD関連貧血で悪化)をきたす
–AFもCKDも、凝固カスケード、線溶系、血小板、血管内皮、血管壁、細胞外マトリックスのバランスに大きく影響する
と、これらの機序については、Nature Reviews Nephrology:Use of oral anticoagulants in patients with atrial fibrillation and renal dysfunction(March 2018)に綺麗な表があります。
ポイントは5点で
・血小板活動性の低下
・血小板の血管壁への結合の低下
・血小板接着・凝集の低下
・貧血により血小板と血管壁のinteractionが低下
・治療関連の出血リスク
により、出血のリスクがあがると考えられています。
実際に、
非CKDを1とすると非末期CKDは2.24、末期CKDは2.7と有意に出血が増す。ワーファリン内服でリスク増加し、いずれかの群でも30%程度出血頻度が増加した。(N Engl Jmed.2012:367:627-35)
ワーファリン内服しているCKD患者578人に対しGFR30未満が出血のリスクとなっており、リスク比は2.4であった(J Am Soc Nephrol. 2009;20(4):912)
透析患者ではワーファリンを内服すると2倍程度出血のリスクが増加すると言われ(Am J Kidney Dis. 2007;50(3):433)、特に消化管出血が多い。アスピリン内服も出血のリスクとなる(Clin J Am Soc Nephrol. 2008;3(1):105
と、腎不全と出血のリスクが知られています。
ワーファリンと腎機能障害
Stage3 CKD(GFR≧30)までは、心房細動患者のワーファリンの脳梗塞予防効果は非CKD患者とおおむね同等。
Af+末期腎不全患者(血液透析)へのワーファリン使用は、虚血性脳梗塞、全身塞栓、major bleedingが多い傾向で、死亡率への効果は同等(meta-analysis)。メリットが少ない
スウェーデンコホート:Af+CKD or ESRDでも、並存している脳梗塞、出血リスクの適切な管理と、抗凝固のtight controlが理想的にできればワーファリンのベネフィットあるだろうと
(TTR: time in the therapeutic range:INRが治療域にある期間・・65−70%以上は必要)
Af+CKD患者でワーファリン治療されている患者の梗塞、出血リスクはワーファリン開始後30日以内が多い
Af+CKD患者では血栓塞栓と出血リスクが増加する
□ワーファリン使用による血管石灰化の上昇(matrix Gla protein不活性化)※
□Warfarin-related nephropathy(WRN)の合併
□AKI(with/without 血尿、INR過延長の状況、赤血球円柱による尿細管閉塞)・・CKD+ワーファリンの33%、CKDがないと16.5%で生じると
※Matrix Gla proteinはビタミンK依存性蛋白で、血管石灰化を予防している
Af+末期腎不全(透析)では血栓塞栓リスクは高いが、ワーファリンによるリスク低下効果に関しては低く、腎機能正常/mild-moderate CKDのようにできないとされています。
透析患者の心房細動に関する論文
Circulation. 2016;133:265-272.では、台湾の National Health Insurance Research Databaseを使用し、1998年から2011年までの患者で、
・透析患者
・新規発症の心房細動
・非弁膜症の心房細動
を対象として、matched subjects without arrhythmia.と、不整脈を合併していないコントロール群と比べ、propensity score matchingを使用しています。
これによると、
CHAD2-VAScスコア高値における虚血性脳卒中のリスク上昇さえも有意差がなくなく、透析中の患者にワーファリンを導入しても、非導入患者と比較して脳血管障害へのリスク寄与度が低いことを示唆しているかと思われました。
透析患者における心房細動、脳梗塞の2次予防の場合は?
KDIGO2011では、透析中のAF患者への脳梗塞のprimary preventionの抗凝固治療はルーチンでは行うべきでないと記載されています。
As prior stroke is the most powerful risk factor for recurrent thromboembolic events in patients with AF, use of VKAs for secondary stroke prevention should probably be considered in all patients with ESRD who do not have absolute contraindications to OAC use.
このように、先行する脳梗塞は脳梗塞再発の強いriskなので、二次予防であれば禁忌なければ行うことを考慮してもよいかもと記載されています。
アメリカでは(ヨーロッパではなく)、アピキサバン or リバロキサバンをESRDの心房細動で脳梗塞リスクがかなり高い人で、かつワーファリン不耐や使用できない、または使用中に脳梗塞起こした、などの場合は慎重に使用(減量して)も検討という記載もありました。
NOACsについて
AfにおけるNOACsは、ワーファリンにくらべて全死亡を10%減らす(meta-analysis)とされていますが、いずれのtrialもESRDにおけるAF患者は除外されています。(CLEVELAND CLINIC JOURNAL OF MEDICINE VOLUME 82 • NUMBER 12 DECEMBER 2015)
実際の薬
詳しくはNature Reviews Nephrology:Use of oral anticoagulants in patients with atrial fibrillation and renal dysfunction(March 2018)のTable2にまとめられていますが、
GFR:30〜59(CKD stage3)のCKD患者
4つの大規模ランダム化試験で比較。
→Stage3でのCKDでワーファリンとNOACで有効性と安全性に差はなかった。
systematic review and meta-regression analysis showed broadly comparable effects of all four NOACs relative to warfarin in patients with a CrCl of 50–79 ml/min and a better safety profile of apixaban than of warfarin in those with a CrCl of 25–49 ml/min
システマチックレビューとメタアナリシスでは、クレアチニンクリアランス50-79ml/minでは、NOACとワーファリンは同等の効果で、クレアチニンクリアランス25-49ml/minではapixabanはワーファリンより安全と記載。
日本人対象とした2014年の試験ではCCL30〜50において脳卒中・全身性塞栓の発症の差・出血リスク差はなかった。とあり、アピキサバン(エリキュース)がこのGFRでは比較的安全性が高く、推奨される。
5 mg twice daily or 2.5 mg twice daily if ≥2 of the following criteria are fulfilled: age ≥80 years, body weight ≤60 kg and sCr ≥1.5 mg/dl (133 μmol/l)
と、量についても記載があります。
GFR:15〜29のCKD患者と抗凝固薬
Recommendations for patients with AF and severe CKD (CrCl <15 ml/min) or ESRD on haemodialysis are less straightforward.
For those with a CHA2DS2-VASc score of ≥2, the US guidelines state that prescription of warfarin (INR 2.0–3.0) is reasonable (Class IIa, Level of Evidence B).Reduced doses of dabigatran, rivaroxaban or apixaban may be considered for patients with moderate-to-severe CKD (Class IIb, Level of Evidence C), but dabigatran or rivaroxaban are not recommended in patients with AF and ESRD or patients on dialysis because of a lack of evidence from clinical trials regarding the balance of risks and benefits
CHA2DS2-VASc scoreが2点以上だと、INRを治療域※にコントロールした(INR2-3)処方がUS guidelineで推奨されている。dabigatran, rivaroxaban, apixabanは量を調整した投与が考慮される(クラスⅡb)
※GFR:15〜29でのFDA(米国食品医薬品局)での推奨
・ダビガトラン 75mg✕2回
・アピキサバン
(年齢80歳以上、体重60kg以下、Cre1.5以上)
→2つ以上当てはまらない:5mg✕2回
→当てはまる場合:2.5mg✕2回に減量
・リバロキサバン 15mgを夕食時
※ワーファリンはINR2〜3までを目標にする。開始してからの早期出血のリスクがあり初回は2.5mgに減量して使用し適宜調整する。30〜90日に出血リスクが高くなるため、最初の90日間はINRを頻回にチェック
※エリキュース(アピキサバン)の添付文書には禁忌の項目に
〈非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制〉
腎不全(クレアチニンクリアランス(CLcr)15mL/min未満)の患者[使用経験がない。]
〈静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症)の治療及び再発抑制〉
重度の腎障害(CLcr 30mL/min未満)の患者[使用経験が少ない。]
とあります。腎障害(非弁膜症性心房細動患者はCLcr 15~50mL/min)は、慎重投与です。
まとめと冒頭の症例の場合
60歳男性
血圧150/90
既往歴:糖尿病 CKD(慢性腎臓病で eGFR20)
喫煙 1日20本を30年
今回新規の心房細動を診断された
この患者での心房細動に対する治療をどのように考えていくか。
→NOAC
また、
この患者が透析中だったら?
→推奨しない
この患者が透析中で、脳梗塞の既往があったら?
→ワーファリンを考慮。
ちなみに、日本透析学会の日本透析医学会雑誌 44巻5号 2011、46ページでは「Afに対するワーファリン治療は安易に行うべきではないが有益と判断される場合にINR<2に維持することが望ましい」と記載があります。そして、添付文書では、重篤な肝障害・腎障害のある患者に禁忌になっています。
今回の朝活はあくまで当科の勉強会の内容の公開であり、医学的にこうするのが良いという指針ではありません。