
Windows of Opportunity(治療の機会の窓)の概念の説明
関節リウマチ(RA)では、発症早期の限られた期間に治療を開始すると、疾患をより効果的に制御できることが知られており、この限られた時期を「Window of Opportunity(治療の機会の窓)」と呼びます。
つまり、発症早期の、治療に反応しやすい時期を逃さないようにしよう、という意味になります。もし現在診断直後で、痛みが続いているような方は是非リウマチ専門医に相談いただきたい時期です。

この概念は1992年にDawesらによって提唱され、その際には「発症後約2年間」という具体的な期間で定義され、関節破壊が不可逆的になる前に寛解(疾患活動性がほぼ消失した状態)を達成するための小さな機会と説明されました
すなわち、RA発症初期の病態は治療に対する感受性が高く可逆的であり、このタイミングで適切な治療介入を行うと疾患の進行を大きく阻止できると考えられています(1)。
このWindow of Opportunityを逃さず早期に治療を行うことで、将来的な関節の変形や機能障害を防ぎ、患者の生活の質を向上させることが期待できます(2)。
一方で、この「窓」の正確な時間枠については議論があり、明確な合意はありませんが、最近ではさらに早期治療の重要性が重要視され、一般的に発症から数か月以内が重要な期間と認識されています(3)。

2. 最新の研究と治療法における関節リウマチ早期治療の重要性
近年の研究により、早期治療の有効性を裏付ける強力なエビデンスが蓄積しています。例えば、複数のランダム化比較試験(RCT)の統合解析では、発症早期にDMARDを開始した群では、遅れて治療を開始した群に比べて関節破壊の進行が約33%も抑制されたことが報告されています(4)。
特に症状出現後12週間(約3か月)以内に治療を開始した場合に最良の結果が得られる可能性が指摘されており、2010年以降の文献では「治療の機会の窓」を発症後3か月以内とする見解が主流になってきています。

実際、早期に治療を開始した患者群では、関節の機能障害が軽減し(5)、X線(レントゲン)で評価した関節破壊の進行も有意に遅らせることができると複数の研究が示しています(6)
これらの知見から、早期治療介入の重要性が強調されており、Window of Opportunityを活かすことが疾患予後を左右すると考えられています(7)。
治療法の進歩もまた、このWindow of Opportunityの概念を後押ししています。
近年、メトトレキサート(MTX)を中心とした従来型DMARD(csDMARD)に加え、抗TNFα抗体や抗IL-6受容体抗体、T細胞共刺激阻害薬、日本では承認準備中の抗CD20抗体などの生物学的製剤(bDMARD)、さらにJAK阻害薬といった分子標的合成DMARD(tsDMARD)が登場し、RAの治療効果が飛躍的に向上しました(8)。


これらの新規治療薬を疾患初期から適切に用いることで高い寛解率が達成可能となっており、早期診断・治療と最新治療薬の組み合わせがRAの長期予後を劇的に改善しています(9)。例えば、従来の治療では困難であった寛解導入も、早期RA患者に対する集中的治療戦略で6か月時点で約50%、1年以内に50%以上の患者で臨床的寛解が達成されたとの報告があります(10)。

さらに、治療開始の遅れがなければ関節破壊の進行をほとんど抑えられたとも示されており、早期からの積極的治療がもたらす大きな利益が明らかになっています。最近では、関節炎発症前の「前症状期(いわゆる前RA期)」に免疫学的異常(抗CCP抗体陽性など)が認められる高リスク者に対し、ごく早期から治療介入する試みも研究されています。例えば、関節炎をまだ発症していない関節痛の段階の患者にステロイドを予防投与する臨床試験などが行われましたが、現時点ではこうした“発症前段階での治療”がRA発症そのものを予防できるという明確なエビデンスは得られていません
今後の研究で、新たな視点からこの「新しい定義のWindow」を検証することが期待されています(11)。
3. 関節リウマチの早期診断と治療が患者さんの予後に与える影響
RAの早期診断とただちに治療を開始することは、患者の長期予後を大きく改善します。長期予後とは、変形の程度や、薬を抑えるために必要な薬の量のことを言います。変形が進行せず、薬も減らす可能性を高めるために、ただちに治療をすることが重要です。
早期に適切な治療介入が行われた場合、関節の不可逆的な破壊や変形を防ぎ、機能障害や疼痛の進行を食い止めることが可能です(4)。その結果、将来の日常生活動作を良好に保ち、将来的な生活の質(QOL)も向上します(5)。
一方、診断や治療開始が遅れると、炎症による関節の損傷が蓄積し、後になって治療で炎症を抑え込んでも既に生じた構造的破壊は元に戻せません。実際、治療開始までの症状期間が長いほど関節のX線進行が著明で、寛解導入後に治療薬を中止できる割合(治療薬なしで疾患活動性が抑えられる真の寛解率)も低下することが報告されています(12)。
したがって、RAが疑われたらできるだけ早期に専門医を受診し、診断が確定し次第ただちに治療を始めることが肝要です。
RA治療の主軸となるのは疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARDs)の早期導入です。とりわけメトトレキサート(MTX)は第一選択のDMARDと位置付けられ、RAと診断されたら可能な限り速やかにMTXによる治療を開始することが推奨されています
MTXで効果不十分な場合や予後不良因子(高い炎症反応やX線進行、自己抗体高値など)がある場合には、TNF阻害剤やIL-6受容体阻害剤などの生物学的製剤、あるいはJAK阻害剤の追加投与を検討します
また治療開始当初は効果が出るまでの間、短期間の副腎皮質ステロイド併用も考慮されます
このように早期からDMARDを中心とした集中的治療を行うことで、炎症を迅速に抑え関節破壊を防ぎ、長期的に寛解状態を維持できる可能性が高まります(8)(9)。近年はTreat to Target(T2T)戦略といって、医師と患者が**「寛解」あるいは少なくとも「低疾患活動性」を治療目標として共有し、定期的(1〜3か月ごと)に疾患活動性を評価して目標未達であれば治療を強化・修正するという方針が国際的に推奨されています
このT2Tアプローチにより、早期RA患者の予後は飛躍的に改善しうることが示されており(10)、実臨床においても寛解導入率の向上や関節手術の減少**といった成果が報告されています(9)。
4. エビデンスに基づく関節リウマチ早期治療の最新の論文やガイドライン
以上の知見を受けて、国内外の治療ガイドラインも早期治療の重要性を強調しています。例えばEULAR(欧州リウマチ学会)2016年の早期関節炎マネジメント推奨では、「持続性関節炎に移行するリスクが高い患者には、できるだけ早期(理想的には症状発現後3か月以内)にDMARD治療を開始すべきである」と明記されています(13)。また2019年更新のEULAR関節リウマチ治療指針およびACR(米国リウマチ学会)ガイドラインでも、「RAと診断したら直ちにDMARDによる治療を開始し、寛解もしくは低疾患活動性を目標に治療を行う」というTreat to Targetの原則が強く推奨されています(14)(15)
これらのガイドラインは、近年のエビデンスを踏まえて早期強力治療による長期予後改善を治療戦略の中心に据えており、実臨床でもその実践が求められます。実際の研究例として、オランダの早期RAコホート研究では、T2T戦略の導入によって開始6か月で約47%の患者がDAS28寛解を達成し、1年で約58%が寛解に到達、大多数の患者で放射線学的進行が有意に抑制されたことが報告されています(10)
さらに、初期治療への高いアドヒアランス(治療遵守)が長期転帰を良好にすることも示唆されており、患者教育やフォローアップ体制の充実も含めた包括的な早期治療戦略が重要です。当院でも、LINE相談やお待たせしないシステム、毎回の関節超音波検査での治療効果の確認を実施するなど、関節リウマチ患者さんの将来像のために一番良い形と考える診療の方法を大切にしています。

総じて、「Window of Opportunity」を逃さずに早期診断・治療を行うことが関節リウマチの予後改善の鍵であり、現在の医療現場ではこの考え方に基づいた治療が標準となりつつあります。各種エビデンスとガイドラインもこの方針を支持しており、今後もより早期段階での介入や予防的治療の可能性について研究が進められるでしょう。
参考文献
- Burgers LE, Raza K, van der Helm-van Mil AH. Window of opportunity in rheumatoid arthritis – definitions and supporting evidence: From old to new perspectives. RMD Open. 2019;5(1):e000870. doi: 10.1136/rmdopen-2018-000870.
- Finckh A, Liang MH, van Herckenrode CM, de Pablo P. Long-term impact of early treatment on radiographic progression in rheumatoid arthritis: A meta-analysis. Arthritis Rheum. 2006;55(6):864-872. doi: 10.1002/art.22353.
- Vermeer M, et al. Implementation of a treat-to-target strategy in very early rheumatoid arthritis: results of the Dutch Rheumatoid Arthritis Monitoring remission induction cohort study. Arthritis Rheum. 2011;63(10):2865-2872. doi: 10.1002/art.30494.
- Combe B, et al. 2016 update of the EULAR recommendations for the management of early arthritis. Ann Rheum Dis. 2017;76(6):948-959. doi: 10.1136/annrheumdis-2016-210602.
- Smolen JS, et al. 2019 Update of the EULAR recommendations for the management of rheumatoid arthritis with synthetic and biological DMARDs. Ann Rheum Dis. 2020;79(6):685-699. doi: 10.1136/annrheumdis-2019-216655.