鍼灸治療（とくに鍼治療）は、アレルギー性疾患（花粉症や喘息など）の症状緩和に有効である可能性が示唆されており、その免疫学的メカニズムに関する研究が近年進展しています1)。高インパクトファクターの学術誌を含む多くの研究で、免疫細胞の変化やサイトカインレベルの調整、さらには臨床症状の改善との関連が報告されています。本回答では、動物モデルとヒト臨床試験の両面から、鍼灸によるアレルギー反応の免疫学的エビデンスをまとめます。
基礎研究（動物研究）からの知見（基礎免疫学的エビデンス）
動物モデル研究では、鍼刺激がアレルギーに関与する免疫応答を調節する様々なエビデンスが報告されています。
- アレルギー喘息モデル（マウス）: 鍼治療（電気鍼を含む）は、気道炎症を抑制し気道過敏性を軽減する効果が確認されています2)。気管支喘息モデルマウスでは、肺のTh17細胞（炎症促進的なIL-17産生CD4⁺T細胞）の増加が鍼治療により抑制され、逆に制御性T細胞（Treg, Foxp3⁺CD4⁺T細胞）が増加することでTh17/Tregバランスの正常化が認められました3)。同様に、気道や気管支肺胞洗浄液中のサイトカインプロファイルも改善し、Th2性サイトカイン（IL-4など）の低下およびTh1性サイトカイン（IFN-γなど）の増加が観察されています4)。例えば、喘息モデルマウスに電気鍼を施すと、肺組織中や気管支洗浄液中のIL-4とIL-10が減少し、IFN-γが増加するなど、Th2優位の免疫反応が軽減されたと報告されています5)。また、ダニ抗原などを用いたアレルギーモデルマウス（DNP-KLH免疫マウス）でも、IL-4やIL-13などTh2サイトカインの産生抑制が報告されています6)。
- 炎症モデル: アレルギーに直接関係しない一般炎症モデルでも、鍼刺激による抗炎症作用が確認されています。例えば、ラットの足跡浮腫モデルでは、鍼治療によって炎症部位のIL-1βやTNF-αといった炎症性サイトカインが有意に低下しました7)。これらの基礎的知見は、鍼刺激が生体の免疫応答を調節し、炎症反応を鎮める可能性を持つことを示しています。さらに、近年の自律神経経路を介した免疫調節の研究として、ハーバード大学のグループがマウス敗血症モデルで電気鍼刺激によりサイトカインストーム（全身性炎症反応）が制御されたという報告もあります8)9)。この研究（Neuron誌, 2020年）は迷走神経-副腎軸を活性化することで、適切な条件下では抗炎症作用（過剰な炎症性サイトカインの抑制）を引き起こせることを示しており10)、鍼治療の神経免疫学的メカニズム解明における重要な一歩とされています。
ヒト臨床試験からのエビデンス（免疫学的指標と症状改善）
臨床研究においても、鍼治療がアレルギー患者の免疫系に与える影響が多数報告されています。その中から免疫細胞・サイトカインの変化と臨床症状の改善に関する代表的な知見を紹介します。
- アレルギー性鼻炎患者におけるサイトカイン変化: アレルギー性鼻炎（季節性アレルギー性鼻炎, SAR）患者を対象とした研究では、Th2型サイトカインの減少とTh1型サイトカインの増加が観察されています11)。例えば、ある臨床試験では血中のIL-4およびIL-10（いずれもTh2関連サイトカイン）の有意な減少とIFN-γ（Th1サイトカイン）の増加が報告され、健常者のレベルにまで近づいたとされています12)。他の研究でもIL-4やIL-1受容体（IL-1R1）遺伝子発現の低下13)、GM-CSFの低下など、Th2優位な免疫反応からのシフトが確認されています。一方で、Raoらや最近の研究の一部ではIFN-γに有意な変化が見られなかったとの報告もあり14)、結果には一貫性がない場合もあります。この点について、治療直後の一時的な測定では結論が出しにくいことが指摘されており、十分な治療回数を経た後の評価が重要です15)。
- 肥満細胞・ヒスタミン応答への作用: アレルギー反応の初期相に中心的な肥満細胞（マスト細胞）の脱顆粒やヒスタミン放出に対する鍼治療の影響も検証されています。健康な被験者にヒスタミンを皮内投与して人工的に蕁麻疹様反応を起こす試験では、事前に15分間の鍼刺激を行うとヒスタミン誘発による痒みと膨疹（wheal）の大きさが有意に減少し、偽鍼や無処置群に比べて明らかな抑制効果が示されました16)17)。また、アトピー性皮膚炎患者においてアレルゲン誘発試験を行ったところ、即時型アレルギー反応による皮膚の発赤・膨疹反応が鍼治療により有意に軽減したとの報告もあります18)19)。この抗ヒスタミン様作用の機序として、TRPV1受容体シグナルのダウンレギュレーションが示唆されています20)。TRPV1はヒスタミンによる痒み・くしゃみ反射に関与する神経受容体であり、鍼刺激がその経路を抑えることで神経原性炎症を緩和する可能性があります21)。実際、神経ペプチドにも変化が見られ、ある研究では炎症性ニューロペプチドであるサブスタンスPの鼻粘膜中濃度が鍼治療後に有意に低下しており22)、知覚神経を介した炎症反応の低減が確認されています。この試験ではハウスダストダニ特異的IgEも有意に減少し、同時に鼻痒感、眼痒感、くしゃみといったアレルギー症状の著明な改善が報告されています23)24)。つまり、鍼治療はアレルゲン特異的IgE抗体価を低下させ、神経ペプチド放出を抑制することで、アレルギー症状を緩和しうることが示唆されます。
- 血中免疫細胞・抗体への影響（臨床研究）: 鍼治療後の免疫細胞サブセットの変化も観察されています。例えば、アレルギー性喘息患者を対象にした臨床研究では、8週間の鍼治療後に血清総IgE値が有意に低下し、同時に末梢血中のTリンパ球数（CD3⁺全T細胞、CD4⁺ヘルパーT細胞、CD8⁺細胞傷害性T細胞）が顕著に増加したとの報告があります25)26)。著者らは、この結果から鍼治療がCD8⁺T細胞などを介した免疫調節作用を発揮している可能性を示唆しています27)28)。さらに別の研究では、ハウスダスト抗原に感作されたアレルギー性鼻炎患者において特異的IgEが減少するとともに症状改善がみられたことから、IgE媒介性アレルギー反応そのものを鍼が緩和しうるエビデンスと考えられています29)30)。一方、ドイツで実施された季節性アレルギー性鼻炎のRCT副次解析では、真の鍼治療群で鼻腔内の好酸球誘引因子エオタキシンやIL-1β・IL-8など非特異的炎症性サイトカインの産生が低下し、対照群（偽鍼や薬物のみ）に比べ有意に低いレベルを示しました31)。この研究でも実鍼群のみ鼻症状スコアの有意な改善が確認されており32)、鍼治療が鼻粘膜局所の炎症反応を抑制して症状を軽減したと結論付けています33)。興味深いことに、この試験では典型的なTh2/Th1サイトカイン（IL-4やIFN-γ等）やTregサイトカインに明確な変化は認められず34)、鍼治療の効果はむしろ「非特異的炎症の沈静化」による可能性が示唆されています35)。このように、ヒト研究では免疫学的指標の変化と症状改善の相関が多く報告されていますが、結果が一致しない部分もあり、今後さらなる大規模研究での検証が必要です。
- 臨床症状の改善（エビデンスの集積）: 鍼治療によるアレルギー症状緩和効果は、質の高いレビュー研究でも裏付けられています。最新のメタアナリシス（2022年、30件のRCT・計4413例対象）では、成人のアレルギー性鼻炎に対し鍼治療が有効であり、無治療対照はもちろん偽鍼に比べても鼻症状スコア（TNSS）の改善およびQOL（生活の質）の向上が有意に優れていたと報告されています36)37)。具体的には、鼻症状やRQLQ（鼻結膜炎QOL質問票）スコアが偽治療群より有意に改善しており、抗ヒスタミン薬（セチリジンやロラタジン）と同程度の効果も示唆されました38)39)。ただし、試験間のバラツキやバイアスの可能性も指摘され、試験逐次解析では統合結果の確実性に慎重な見解も示されています40)。いずれにせよ、現在得られている臨床エビデンスは鍼治療がアレルギー疾患の症状緩和に寄与しうることを支持しており、その効果発現には免疫学的変化が関与していることが示されています。
考察: 鍼灸による免疫調節メカニズム
上述のエビデンスから、鍼灸治療が多面的な免疫調節作用を持つことが浮かび上がります。以下に、動物・臨床研究の知見を踏まえた主な生理学的メカニズムをまとめます。
- Th1/Th2バランスの調整: アレルギーは典型的にはTh2優位の免疫応答（IgE産生や好酸球活性化）ですが、鍼治療はTh2サイトカインのダウンレギュレーション（IL-4やIL-5の低下）とTh1サイトカインのアップレギュレーション（IFN-γの増加）をもたらしうることが示されています41)42)。この結果、過剰なIgE応答の抑制や炎症性細胞浸潤の減少が期待されます。実際に、ヒトおよびマウスの両方でIL-4やIL-13の産生低下43)、IFN-γやIL-2の増加44)45)が観察され、Th1/Th2バランスが正常化する方向へシフトしています。ただし、研究によっては変化がみられないサイトカインもあり46)、効果の程度は個人や手技条件によって異なる可能性があります。
- 制御性T細胞・炎症抑制: 鍼刺激は制御性T細胞（Treg）や抗炎症サイトカインにも影響を及ぼす可能性があります。例えば前述のように喘息モデルでTregが増加したり47)、ヒト喘息で抗炎症サイトカインIL-10の低下（※一般にIL-10は抗炎症だが、アレルギーではB細胞を介したIgE産生促進にも関与）と炎症性サイトカインTNF-αやIL-1βの低下が報告されています48)。これらは炎症反応の終息を早める機序の一端と考えられます。また、一部報告では総IgEおよび特異的IgEの顕著な減少が見られることから49)50)、B細胞による抗体産生にも間接的な調整作用を及ぼしている可能性があります。
- 肥満細胞と神経-免疫連関: 鍼灸の刺激部位（経穴）には肥満細胞が集積しやすいことが知られており、鍼が刺入されると局所の肥満細胞が活性化してヒスタミンやトリプターゼ、セロトニンを放出します51)52)。この放出された化学物質が知覚神経の終末を刺激し、神経インパルスへと変換されることで、鍼刺激の全身効果が発現すると考えられています53)。実際、肥満細胞を安定化させる薬剤を投与すると鍼治療の効果が減弱するとの報告もあり、鍼の生体効果の一部は肥満細胞-神経相互作用に依存することが示唆されています54)55)。この機序は痛みの鎮静だけでなく免疫調節にも関与しており、例えば鍼刺激で放出された適度なヒスタミンや神経ペプチドが自律神経反射を誘導し、遠隔臓器での免疫細胞活動を調節するという仮説が提唱されています56)。上記のヒスタミン誘発試験で鍼前処置により膨疹反応が軽減したのも、鍼刺激によって神経系を介した抑制性シグナルが局所に働いた結果と考えられます57)。また、鍼刺激は迷走神経系を活性化して副腎からドーパミンや抗炎症ホルモンの放出を促すことが動物研究で示されており58)、このような神経免疫反射はアレルギー性炎症の制御にも寄与しうるメカニズムです。
おわりに
高品質な研究（例: Neuron, Annals of Internal Medicine, Allergy 等）を含む多くのエビデンスから、鍼灸治療がアレルギー反応を調節し得る免疫学的作用を持つことが明らかになりつつあります。動物実験ではサイトカイン産生やT細胞バランスの変化を通じて炎症や過敏反応が抑制され、ヒト臨床研究でもIgE低下や炎症性メディエーター減少と症状改善との関連が示されています。特にアレルギー性鼻炎に関しては、症状改善効果を支持するエビデンスが蓄積し59)60)、免疫学的測定でもその効果の裏付けが報告されています61)62)。一方で、研究間で結果が一致しない部分（サイトカイン変化の有無など）も存在し63)、作用メカニズムの完全な解明には今後の研究が必要です。総合すると、現在までの動物・臨床研究やメタ解析の知見は、鍼灸治療が神経‐免疫系を介してアレルギー炎症を緩和しうることを示唆しており64)、これはアレルギー疾患治療の補完代替医療としての鍼灸の有用性を支える科学的根拠となっています。
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