1. PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)とは何か
持続性知覚性姿勢誘発めまい(Persistent Postural-Perceptual Dizziness, PPPD)は、最近になって定義された新しいタイプの慢性めまい症です【1】。特徴として、3か月以上ほぼ毎日続く、ふらつき感や揺れているような非回転性のめまいが挙げられます【1】。これらの症状は、立っているときや体を動かしたとき、あるいは周囲が複雑に動くような視覚刺激(例えば人混みや車の流れを見たとき)によって 悪化する 傾向があります【1】。めまい自体は回転するような激しいものではないものの、雲の上を歩いているような不安定感や揺さぶられるような感覚が持続するのが特徴です。また、症状は時間とともに強弱はあっても常に感じられ、患者さんにとって大きな支障となります。
PPPDというめまいは、それ単独で起こる場合もありますが、多くは他のめまい発作をきっかけに発症します【1】。例えば、もともとは突発的な前庭神経炎や良性発作性頭位めまい症(BPPV)、メニエール病などによる急性期の激しいめまい発作を経験した後、その急性期の障害が治まったにもかかわらず、その後慢性的なふらつきを感じ続けるようになると考えられています。理由については定かではないものの、同時に心理的ストレスや不安が誘因となるケースもあり、不安障害やうつ症状を合併することも少なくありません。
PPPDの正式な診断基準は2017年に国際的なめまい専門組織(バーニー学会)によって策定されました【2】。診断には以下のようなポイントが含まれます。
- めまいや不安定感が持続的に存在し、少なくとも連続3か月以上ほぼ毎日感じられること。
- 姿勢の維持によって誘発される(立位で悪化する)ほか、能動的または受動的な動作、および視覚的な複雑な刺激によって症状が増悪すること。
- 初発は他の明確なめまい発作や平衡障害の後に続いて起こる場合が多い(ただし原因が特定できない場合もある)。
- 他の身体疾患ではこの症状を十分に説明できず、心理的要因があってもそれだけでは説明できないこと。
PPPDは比較的新しい概念ですが、専門のめまい外来では*慢性めまい患者の約10%*がこのPPPDに該当すると報告されています【2】。従来の検査では耳や脳に明らかな異常が見つからないため「原因不明のめまい」とされてきたケースの一部が、このPPPDとして再分類された経緯があります。
一般的な治療法としては、まず患者さんに病態を理解してもらい安心させることが重要です。
その上で、薬物療法やリハビリが行われます。特に**選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)といった抗うつ薬が有効とされ、服用した患者の50~70%でめまい症状の改善がみられたとの報告もあります【3】。これらの薬は脳内の神経伝達物質セロトニンなどを調整し、不安の軽減と平衡感覚システムの安定化に寄与すると考えられます。つまり、耳鼻科や脳神経内科でも、この新しいめまいの概念になじみがない場合、治療薬として抗うつ薬が選ばれにくいことがあり、めまいの専門性が高い医療機関への相談が望ましいと考えられます。
また、前庭リハビリテーション(バランス訓練や目と頭の運動など)も推奨されます。これは反復的なバランス練習によって脳を慣れさせ、過敏になった平衡感覚を正常化させるリハビリです。さらに認知行動療法(CBT)といった心理療法も併用されることがあります【3】。PPPDでは不安や恐怖が症状を悪化させる悪循環があるため、心理面へのアプローチも重要です。
一方で、従来急性期のめまいに用いられる抗めまい薬(例えば酔い止め薬)や血流改善薬、ビタミン剤などは、PPPDにはあまり効果がないとされています。このように標準治療はある程度確立されつつありますが、それでも完治しないケースや薬の副作用が懸念される場合もあります。また、鍼灸はこういったSSRIを必要とする病態やめまいそのものにも効果があるため、補完代替医療の鍼灸療法を併用することもよい方法と考え、本記事では、PPPDに対する鍼灸治療の科学的根拠(エビデンス)について詳しく解説します。
2. 鍼灸療法とは
鍼灸(しんきゅう)療法は、東洋医学に基づく伝統的な治療法で、細い鍼(はり)を体の特定の部位(経穴、いわゆる「ツボ」)に刺入したり、お灸によって温熱刺激を与えたりすることで、身体の不調を整える方法です。鍼灸の理論では、人の体には「気(エネルギー)」や血が巡っており、経絡と呼ばれる通り道によって各臓腑や器官がつながっています。ストレスや疲労、外的要因によってこの気血の巡りが滞ったりバランスが崩れたりすると、めまいや痛みなど様々な症状が現れると考えられています。鍼は滞った経絡の流れを調整し、体内のバランスを回復させる役割を果たします。また灸は艾葉(もぐさ)を燃やした温熱でツボを温め、血行を良くしたり冷えを取り除いたりします。
近年では、鍼灸の作用メカニズムについて西洋医学的な研究も進んでいます。鍼を刺すことで生じる刺激が、皮膚や筋肉の感覚神経を介して脊髄や脳に伝わり、内因性の鎮痛物質(例えばエンドルフィン)や抗炎症物質の放出を促したり、自律神経系の活動を調整したりすることがわかってきました。鍼を受けるとリラックスして眠くなったりする経験をされる方も多いですが、これは鍼刺激が脳内で副交感神経(リラックスの神経)を優位にし、ストレス反応を和らげるためと考えられます。
めまいに対する鍼灸の適用も古くから行われてきました。東洋医学では「眩暈(げんうん)」と呼ばれるめまい症状は、肝(ストレスや血流に関与)や脾(消化・水分代謝に関与)の機能失調、あるいは「風」や「痰」といった身体内外の邪気によって引き起こされるとされています。例えばストレスで肝の気が上逆すると「肝陽上亢」となりふらつきが起きる、あるいは体内の余分な「痰湿」が頭に上ると雲の中にいるようなめまいがする、といった解釈です。鍼灸では、それらの原因に対応したツボに施術を行い、乱れた体内環境を整えることでめまい症状の緩和を図ります。
実際の臨床でも、良性発作性頭位めまい症(BPPV)やメニエール病などによるめまいに対して鍼灸治療が補助的に行われることがあります。例えば乗り物酔いにも使われる手首内側のツボ「内関(ないかん)」への刺激は吐き気を抑える効果が知られており、世界的にもリストバンド型のツボ刺激具が市販されているほどです。同様に、鍼灸は薬に頼りたくない妊娠中のつわりやストレス性のめまいなどで利用されるケースもあります。比較的安全で副作用が少ないことから、慢性的な症状に悩む方が試す価値のある代替療法の一つといえます。
3. 鍼灸がPPPDに与える影響(科学的根拠)
では、PPPDのような持続性のめまい症状に対して鍼灸療法はどの程度有効なのでしょうか。その科学的根拠(エビデンス)を見ていきます。
まず前提として、PPPD自体が2017年に定義された新しい疾患概念であるため、これに対する各種治療法の有効性を調べた研究はまだ多くありません。実際、2023年に発表された系統的レビュー(コクランレビュー)では、薬物以外の治療(運動療法や電気刺激療法などを含む)について信頼できるデータが極めて限られているとされています【4】。このレビューでは、PPPD患者を対象としたランダム化比較試験を調査しましたが、適格な研究はごくわずかで、その中には経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を試みた小規模な試験が一件あるのみでした【4】。すなわち、鍼灸療法については信頼性の高い比較試験データが現時点で不足しているのが現状です。このようにエビデンスの蓄積は始まったばかりですが、近年少しずつ鍼灸の効果を検証した報告も出てきています。
PPPDに対する鍼灸の具体的な研究例としては、中国やアジア圏からの報告が目立ちます。2024年に発表されたあるランダム化比較試験では、慢性的なめまい患者に対し本格的な鍼治療を施したグループと、対照グループを比較しました【5】。その結果、鍼治療を受けたグループでは、めまいの程度を評価するスコア(めまい障害質問票:DHI)や不安評価スケール(HAMA)が対照群に比べて有意に改善し、患者の主観的な症状軽減が確認されました【5】。また同じ研究で抑うつ評価(HAMD)や睡眠の質(PSQI)、全身の疲労度(FSS)といった関連する指標も軒並み改善しており、鍼灸が身体症状だけでなく心理面や生活の質にも良い影響を与えたことが示唆されています【5】。このように、規模は大きくないものの鍼灸治療群でめまい症状の有意な軽減がみられたという報告が少しずつ積み上がっています。
さらに、アジアンジャーナルオブサージャリー(Asian Journal of Surgery)に掲載された2024年の研究でも、PPPD患者に対する鍼灸介入が症状緩和に役立つことが報告されました【6】。具体的には、従来のめまい治療(薬物療法やリハビリ)に加えて鍼治療を行った群で、めまい発作の頻度や日常生活で感じる不安定感のスコアが改善したとされています【6】。この研究はPPPDを対象としたものとして貴重であり、今後の大規模試験の礎になると期待されています。
以上のような初期研究から、鍼灸はPPPDによるめまいやそれに伴う不安・抑うつなどを軽減する可能性が示唆されています。しかしながら、研究例がまだ少なく被験者数も限られるため、現時点でその効果を断定することはできません。エビデンスレベルとしては、少数の臨床報告や小規模RCT(ランダム化比較試験)があるものの、体系的レビューでは「証拠不十分」とされています【4】。したがって、「鍼灸はPPPDに有効である」と結論づけるにはさらなる検証が必要ですが、これからに期待される治療の一つです。
では、なぜ鍼灸がPPPDの症状に効く可能性があるのでしょうか。その作用メカニズムについて考えてみます。考えられるポイントとしては以下のようなものがあります。
- 自律神経の調整効果: PPPDでは、めまいへの不安や緊張から交感神経(ストレス時に働く神経)が過度に亢進し、副交感神経とのバランスが崩れていると考えられます。鍼灸にはこの自律神経のバランスを整える作用があります。研究によれば、鍼刺激により心拍数や血圧、瞳孔径など自律神経支配下にある機能が調節されることが示されています【7】。例えば鍼治療中に脳内でストレスホルモンの分泌が抑制されたり、リラックス時に優位となる副交感神経活動が高まることで、不安感や緊張感が和らぐことが報告されています【7】。PPPD患者でしばしば見られる不安障害やパニック症状の軽減にも、こうした自律神経への作用が寄与する可能性があります。
- 脳血流・内耳循環の改善: 鍼刺激は局所の血行を促進する効果があり、頭部や頸部のツボへの施術によって脳幹や内耳への血流が改善するとの報告もあります【8】。実際、後頭部や首筋のツボに鍼をすると頭がスッキリすると感じる患者さんもおり、これは物理的な筋緊張の緩和とともに血流増加による効果と考えられます。ある研究では、椎骨脳底動脈(平衡感覚に関与する内耳や小脳を養う動脈)の血流速度が、鍼治療によって有意に向上したことが示されています【8】。慢性的なめまい患者の中には微小な循環不全が背景にある場合も考えられるため、鍼灸による血流改善が症状緩和に役立つ可能性があります。
- 神経伝達物質の調節: 鍼灸刺激は脳内の様々な神経伝達物質(モノアミン類やオピオイドなど)の放出を促すことが知られています。例えば、うつ病モデルの研究では鍼刺激で脳内のセロトニンやドーパミンの濃度が変化し、気分が改善する傾向が報告されています。また痛みの緩和に関与する内因性オピオイドも放出されるため、頭重感や緊張感の軽減につながります。PPPDにSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)が有効である点を踏まえると、鍼灸もセロトニン神経系を間接的に賦活して類似の効果をもたらしている可能性があります。このように神経化学的な変化を通じて、脳の平衡感覚情報処理を落ち着かせる作用が期待されます。
以上のような多面的なメカニズムにより、鍼灸は身体と心の両面からPPPDの症状改善に寄与する可能性があります。他にも、鍼刺激による筋緊張の緩和で首や肩のこわばりが取れ、結果的にめまい感が軽くなるといった物理的効果も考えられます。重要なのは、PPPDの症状は単一の要因ではなく生理的要因と心理的要因が複雑に絡み合っている点であり、鍼灸のように全身のバランスを整えるアプローチはこの複合的な病態にマッチしうるということです。
4. PPPDに対する鍼灸の施術方法
PPPDの患者さんに鍼灸治療を行う場合、症状と体質に応じてさまざまなツボが用いられますが、代表的によく使われるツボとして以下が挙げられます。
- 百会(ひゃくえ): 頭頂部にある経穴で、左右の耳を結んだ線と鼻筋の延長線が交わる点に位置します。頭部への重要なツボで、「百会」という名の通り全身の経絡が集まる交会点です。古くからめまい、ふらつき、頭痛などに頻用され、東洋医学的には上昇し過ぎた陽気を鎮め、意識を明瞭にする作用があるとされます。現代医学的にも頭皮への刺激が脳血流を促し、脳内の覚醒系に影響を与えると考えられています。PPPD患者でもしばしば訴える「頭に霧がかかった感じ」や不安感の軽減を狙って、この百会に鍼をすることで気分が落ち着くケースがあります。
- 風池(ふうち): 後頭部、首の付け根あたりにあるツボで、左右の後頭骨の下方、髪の生え際のくぼみに位置します。風邪(ふうじゃ)の侵入を防ぐ「風門」の池という意味を持ち、頭部の血行改善や筋緊張の緩和に効果的です。首や肩のこりを伴うめまい患者には特に有効とされ、鍼をすると頸部の血流が改善し頭重感が軽くなると言われます。PPPDでは長引くめまいにより首肩の筋肉がこわばることも多いため、風池への施術で首筋の緊張をほぐし、脳への血流を良くすることで症状緩和が期待できます。
- 内関(ないかん): 前腕の内側、手首の横ジワから指幅3本分肘寄りにあるツボです。手首の腱と腱の間に位置し、胸や胃の不調や不安感を鎮める働きがあります。古来より乗り物酔いの吐き気止めに使われ、現在でも内関を押すリストバンドが市販されているほど実績のあるツボです。PPPDではめまいに伴い吐き気や動悸、不安感を訴える方も多くいますが、内関への鍼刺激でこれら自律神経症状が和らぐことが期待されます。実際、内関は迷走神経(副交感神経)反射に影響を与えるとも言われ、施術後に気分が落ち着いたり胸部のモヤモヤが軽減したりすることがあります。
- 太衝(たいしょう): 足の甲にあるツボで、親指と人差し指(足の第1趾と第2趾)の骨が交わる部分からやや足首寄り、押して痛みを感じるくぼみに位置します。肝経の原穴とされ、東洋医学では「肝」の不調(ストレスや情動の乱れ)を整える要穴です。イライラや緊張を鎮め、気の巡りを良くする作用があり、ストレス性のめまいにしばしば用いられます。PPPD患者はめまい発症の不安やストレスから「気滞(気の滞り)」の状態になりやすいため、太衝への鍼でリラックス効果を高め、めまいの悪化因子となる精神的緊張を和らげる狙いがあります。
以上のほかにも、症状に応じて印堂(いんどう)(額の中央、精神安定に効果)、安眠(あんみん)(耳の後ろ、不眠や不安の軽減に効果)、三陰交(さんいんこう)(足首内側、全身調整に使う)などを組み合わせることがあります。鍼灸師は患者さん一人ひとりの体質や症状の現れ方を診ながら、最適なツボの組み合わせを選択します。PPPDのように症状が慢性化している場合、週に1~2回のペースで数週間から数か月程度継続して施術を行うことが多いです。施術自体は、使い捨ての極細鍼を上記のツボに数ミリから1センチ程度刺入し、刺激を与えてから15~20分ほど留め置くという流れになります。痛みはほとんど感じないか、感じても一瞬チクっとする程度で、次第にポカポカと温かく心地よい感覚が広がる方もいます。場合によっては、鍼にごく弱い電気刺激を流す電気鍼や、お灸による温熱刺激を併用して効果を高めることもあります。
施術後は身体がリラックスモードに入るため眠気を感じたり、だるさが出たりすることがありますが、一過性のもので心配はいりません。むしろその日はゆっくり休むことで、自律神経のバランスがさらに整いやすくなります。定期的な鍼灸治療を続ける中で、徐々に「ふわふわする感じ」が和らぎ外出しやすくなった、緊張しにくくなった、といった改善が報告されています【5】【6】。もちろん効果の出方には個人差がありますが、患者さん自身が症状コントロールの主体となれる感覚を取り戻すうえでも、鍼灸によるケアは意味があると考えられます。
5. エビデンスのまとめ
PPPDに対する鍼灸療法のエビデンスを総合すると、「有効である可能性は示唆されるが、確立された結論には至っていない」というのが現時点での結論です。主要な研究結果を整理すると以下のようになります。
- 症状改善効果: 小規模ながらランダム化比較試験で、鍼灸施術を受けた群の方がめまいによる機能障害(DHIスコア)が有意に改善したという報告があります【5】。また不安・抑うつといった精神面の指標も同時に改善しており、PPPD患者の全体的QOL(生活の質)向上に貢献しうることが示されています。別の臨床報告でも、従来治療に鍼灸を追加することで症状の頻度や程度が軽減した例が報告されています【6】。これらは鍼灸の有用性を支持する肯定的なエビデンスと言えます。
- 安全性: 鍼灸治療は適切に行われれば副作用が少ない安全な療法です。稀に鍼を刺した部位に内出血(青あざ)が生じたり、一時的にだるさを感じたりすることがありますが、重篤な副作用は極めてまれです。薬物療法で眠気や倦怠感といった副作用が出やすい人にとって、鍼灸は身体に優しい代替策となりえます。ただし極度に体力の落ちている方や妊娠中の方は慎重な刺激量の調整が必要であり、必ず有資格の鍼灸師に相談して行うことが重要です。
- 制限点・課題: 現状の研究にはいくつかの限界があります。まず、対象患者数が少なく、研究デザインの質も様々であるため、バイアス(偏り)の影響を完全には排除できません。またプラセボ対照(二重盲検)の試験が少ないため、心理的プラセボ効果との区別も検討する必要があります。PPPDは症状の評価が主観に依存する部分が大きいため、患者自身が「効いている」と感じること自体は大切ですが、科学的検証の場では客観的指標での評価も求められます。さらに、どのツボや刺激方法が最も効果的かといった治療プロトコルの最適化も今後の課題です。東洋医学的なアプローチでは個別化医療が重視されますが、研究ではある程度パターン化した処置が必要になるため、そのギャップを埋めつつ再現性のあるデータを蓄積していくことが求められます。
- 総合的見解: 現時点では、鍼灸療法はPPPDに対する有望な補完療法の一つと位置づけられますが、第一選択の標準治療とするには証拠が不十分です【4】。ただし、従来治療だけでは症状が残る患者にとって、鍼灸を併用することで症状緩和の幅が広がる可能性は否定できません。実際、慢性のめまいは患者の主体的な対処(セルフマネジメント)も重要であり、鍼灸治療を受けること自体が「自分は治療に積極的に取り組んでいる」という安心感を生む側面もあります。その意味で、患者の希望に沿って鍼灸を取り入れることは、心理面のケアとしても意義があるでしょう。
将来的には、大規模な臨床試験や長期予後の研究を通じて、鍼灸の真の有効性が明らかになることが期待されます。また鍼灸のどの要素(刺激強度や頻度、ツボの組み合わせなど)がPPPD改善に寄与するのかも解明が進めば、より洗練された治療プログラムが構築されるでしょう。
6. まとめ
持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)は慢性的なめまいと不安定感に苦しむ新しい疾患概念であり、標準的には抗うつ薬やリハビリテーションなどで治療しますが、症状が長引く場合の新たなアプローチとして鍼灸療法が注目されています。鍼灸には自律神経の調整や血流改善、神経伝達物質の調節など、多方面から体のバランスを整える作用があり、PPPDによるめまいや随伴症状を和らげるポテンシャルがあります。実際の臨床報告でも、鍼灸施術によりめまいの程度が軽減し日常生活が送りやすくなった例や、不安感が減って外出に前向きになれた例などが報告されています【5】【6】。一方で、現段階では研究数が限られており、その効果を裏付けるエビデンスは十分とは言えません【4】。したがって、鍼灸を試みる際は標準治療をきちんと受けたうえで、補助的な療法として位置づけることが大切です。
幸い、鍼灸は適切に行えば副作用が少なく安全な治療法です。PPPDの症状に対して鍼灸に興味がある場合は、めまい専門医や鍼灸師と相談しながら進めると良いでしょう。医師の治療を受けつつ、その補完として鍼灸を併用することで相乗効果が得られるかもしれません。例えば薬で不安を抑えつつ鍼灸で自律神経を整える、といった組み合わせも考えられます。重要なのは、患者さん自身が納得し安心して治療を受けることです。PPPDはストレスによって悪化しやすいため、治療法に対する安心感や信頼感も症状の改善に影響します。
結論として、鍼灸療法はPPPDに悩む方にとって、有効性が期待できる一つの選択肢です。現時点で「絶対に効く」と断言はできないものの、効果を示すエビデンスは徐々に蓄積されつつあり低リスクであるため、特に他の治療で十分な効果が得られない場合には試してみる価値があるでしょう【5】【6】。今後さらに研究が進めば、鍼灸がPPPD治療の標準的なメニューに加わる日が来るかもしれません。それまでは主治医とも相談しながら、安全かつ効果的にこの伝統療法を活用していくことをおすすめします。