耳鳴りに対する鍼灸治療のエビデンス

耳鳴り( tinnitus )は外に音源がないのに音が聞こえる症状で、世界で約10%の成人が経験するとされます​。難治性で生活の質(QOL)を損なうことも多い一方で、有効な標準治療が限られる中、鍼灸治療は代替療法として相談いただくことが多い領域です。

鍼灸は1979年に世界保健機関(WHO)が耳鼻咽喉科領域の疾患を含む41の適応症に認定した経緯があります​。

本稿では2020年以降に発表された耳鳴りに対する鍼灸の臨床研究を、エビデンスレベルの高い順に整理し、治療プロトコルの種類や各種ガイドラインの見解、効果と安全性、他治療法との比較について総合的にレビューします。

システマティックレビュー・メタアナリシス

徐ら (2022年) は14件のシステマティックレビュー/メタアナリシスを評価し、11件で鍼灸有効との結論、3件で有効性は不明と報告していることを明らかにしました。しかし、多くのレビューの方法論的質は低く、GRADE評価でもエビデンスの質の高い研究がないことが課題といえます。

総括として「鍼灸は耳鳴りに対し有望だが、エビデンスの質が低いため慎重な解釈が必要」とされています​

具体的なメタアナリシスとしては、黄ら (2020年) による8件のRCT統合解析(参加者計504例)があります。その結果、鍼灸群は対照群と比べ主要評価項目のVAS(耳鳴りの主観的な強さスケール)に有意差が認められませんでした(MD=-1.81ポイント、95%信頼区間 -3.69~0.07;p=0.06)​

一方で二次評価項目の耳鳴り機能障害インベントリー (THI)耳鳴り重症度指数 (TSI) は鍼灸群で有意に改善し、THIは約10ポイント、TSIは約8ポイントのスコア低下が得られました​

著者らは「VASに明確な差は出なかったものの、QOL指標では鍼灸に有利な傾向がみられる。しかし試験の質が低く症例数も少ないため、決定的な結論には至らない」と述べ、さらなる大規模臨床試験の必要性を強調しています​

最新のメタアナリシスとして、Wuら (2023年)34件のRCT(計3086例)を対象に鍼灸と灸併用療法の効果と安全性を検証しました。その結果、鍼灸+灸治療群は対照群に比べ、THIスコアの有意な低下、有効率(症状改善率)の上昇がみられ、その他の耳鳴り評価質問票(TEQ)、聴力指標(純音聴力平均値)、不安・抑うつ尺度(HAMA/HAMD)でも統計的に有意な改善が報告されています​

作用についても有意差はなく安全プロファイルは良好と結論づけられました​

ただし、このレビューでもエビデンスの質は低い(GRADE評価) 上に、試験間の異質性が高い項目もあり、著者らは「鍼灸と灸の併用は耳鳴りの重症度を最も大きく低減しQOLを改善したが、証拠の確実性は低いため、更なる質の高い研究が必要」と総括しています​

さらにGuoら (2023年) はネットワークメタアナリシス(NMA)により、様々な鍼灸関連療法の比較を試みています​

2575例を含む多数のRCTデータを統合した結果、経穴注射(ツボへの薬液注射)と温針(灸による温熱併用)の組み合わせが最も高い有効率を示し、それに次いで温針単独経穴注射+西洋薬治療の順で効果が高いという順位づけが得られました​

またTHI改善効果に関しては、鍼灸+西洋医学的治療が最良で、次いで電気鍼+温針鍼灸+灸の順とされています​

ネットワークメタアナリシスの結論として「総じて鍼灸は耳鳴りに対する有望な治療法であるが、今後各種アプローチ間の直接比較となる臨床試験が望まれる」と報告されています​

THIスコアの評価基準と重症度分類

Tinnitus Handicap Inventory (THI)は、耳鳴りによる心理的苦痛や生活への支障度合いを評価するための25問からなる質問票です​

各質問に「よくある(4点)」、「たまにある(2点)」、「ない(0点)」で答え、その合計点が0〜100点のスコアとなります​。スコアが高いほど耳鳴による支障度が大きいことを示します。一般的に、この合計スコアに基づき耳鳴りの重症度を4段階に分類します​

目次

THIスコアの重症度カテゴリー

THIの総合計点に対する評価基準(重症度の分類)は以下のとおりです​

THIスコア範囲重症度の評価分類
0〜16点軽度(ごく軽い支障)
18〜36点中等度(軽度の支障)
38〜56点重度(中等度の支障)
58〜100点極重度(非常に大きな支障)

※文献によっては0〜16点を「ハンディなし(支障なし)」、58点以上を「重度(高度または極重度)」と表現するなど、用語に若干の違いがあります

、THIの25の質問項目(原文)とそれぞれのカテゴリ分類、回答形式を示します。

No.質問項目(原文)日本語回答形式
1Because of your tinnitus, is it difficult for you to concentrate?耳鳴りのために、集中することが難しいですか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
2Does the loudness of your tinnitus make it difficult for you to hear people?耳鳴りの大きさが、人の声を聞くのを難しくしますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
3Does your tinnitus make you angry?耳鳴りは、あなたを怒らせますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
4Does your tinnitus make you feel confused?耳鳴りは、混乱を感じさせますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
5Because of your tinnitus, do you feel desperate?耳鳴りのために、絶望感を感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
6Do you complain a great deal about your tinnitus?耳鳴りについ不満がありますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
7Because of your tinnitus, do you have trouble falling to sleep at night?耳鳴りのために、夜に寝付くのが難しいですか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
8Do you feel as though you cannot escape your tinnitus?耳鳴りから逃れられないと感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
9Does your tinnitus interfere with your ability to enjoy your social activities (such as going out to dinner, to the movies)?耳鳴りは、外食や映画鑑賞などの社交的な活動を楽しむ妨げになりますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
10Because of your tinnitus, do you feel frustrated?耳鳴りのために、イライラを感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
11Because of your tinnitus, do you feel that you have a terrible disease?災耳鳴りのために、自分がひどい病気にかかっていると感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
12Does your tinnitus make it difficult for you to enjoy life?耳鳴りは、人生を楽しむのを難しくしますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
13Does your tinnitus interfere with your job or household responsibilities?耳鳴りは、仕事や家庭での責任に支障をきたしますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
14Because of your tinnitus, do you find that you are often irritable?耳鳴りのために、しばしば苛立ちやすくなりますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
15Because of your tinnitus, is it difficult for you to read?耳鳴りのために、読書が難しいですか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
16Does your tinnitus make you upset?耳鳴りに腹立たしくなりますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
17Do you feel that your tinnitus problem has placed stress on your relationships with members of your family and friends?耳鳴りの問題は、家族や友人との関係にストレスを与えていると感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
18Do you find it difficult to focus your attention away from your tinnitus and on other things?耳鳴りから注意をそらして他のことに集中するのが難しいと感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
19Do you feel that you have no control over your tinnitus?自分の耳鳴りを制御できないと感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
20Because of your tinnitus, do you often feel tired?耳鳴りのために、しばしば疲労を感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
21Because of your tinnitus, do you feel depressed?耳鳴りのために、落ち込んでいると感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
22Does your tinnitus make you feel anxious?耳鳴りは、不安を感じさせますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
23Do you feel that you can no longer cope with your tinnitus?耳鳴りに対処できないと感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
24Does your tinnitus get worse when you are under stress?ストレスを感じると、あなたの耳鳴りは悪化しますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)
25Does your tinnitus make you feel insecure?耳鳴りのせいで、自信を失っていると感じますか?はい(4点)・たまに(2点)・いいえ(0点)

参考資料: THIの原版質問項目(英語)

ランダム化比較試験(RCT)

2020年以降も多数のRCT報告がありますが、その質や結果は様々です。欧米で実施された二重盲検RCTでは、鍼治療の有効性を支持するものと否定的なものが混在します。例えばトルコのKuzucuら (2020年)重度の慢性耳鳴り患者105例を対象に、実鍼群とシャム(偽)鍼群に無作為割付して5週間(計10回)の治療を行いました。治療2週目以降、実鍼群で耳鳴りの主観的評価(VAS)およびTHIスコアが有意に改善し、治療終了時の両群間比較でも統計学的有意差が認められました(p<0.001)​

しかし治療終了3か月後にはスコアが再び悪化し、差が消失したことから、効果は一時的で「3か月後に症状が再燃するため維持療法が必要」と結論づけています​。

総じて、RCTレベルのエビデンスは量的には蓄積しつつあるものの質的にはまだ不十分であり、依然として多施設共同による厳密なプラセボ対照試験が求められています​

観察研究・コホート研究

RCT以外の臨床研究として、前向きの単群試験(前後比較)や後ろ向き観察研究も報告されています。システマティックレビューによれば2020年までに少なくとも11件の単群試験が実施されており​、これらは鍼灸の効果を一定程度示すものの対照群がないため確実な結論には至りません。ただし、観察研究からは実臨床での治療パターンや患者背景との関連など有用な知見も得られています。例えばFrontiers in Neuroscience誌 (2021年) の報告では、慢性耳鳴り患者において鍼治療前後で脳機能結合の変動パターンが変化し、その変化量が耳鳴り症状の改善度と相関することが示されました​

これは鍼刺激が中枢神経の可塑性に影響を与えうる可能性を示唆しています。また、Battlefield Acupuncture (BFA) と呼ばれる耳介への簡易鍼治療を米国の退役軍人の耳鳴り患者に試みた予備的研究では、8名中数名で一時的な症状軽減が報告され、安全で低コストな補助療法としての可能性が探られています​

このような観察研究はエビデンスレベルこそ低いものの、臨床現場での実践に近い形で効果や課題を検証する役割を果たしています。

耳鳴りに対する鍼治療のTHIスコア変化(2020年以降)

研究(年)介入(対照群)治療前 THIスコア治療後 THIスコア追跡時 THIスコア (期間)
Kuzucu et al. (2020)​鍼治療 vs 偽鍼(5週間、慢性重度耳鳴)61.1 ±12.7 vs 59.3 ±13.130.8 ±15.9 vs 59.0 ±13.440.3 ±16.6 vs 60.7 ±13.9 (治療終了3か月後)pmc.ncbi.nlm.nih.gov. ※鍼群は治療直後に約50%のTHI低減、3か月後も改善維持​pmc.ncbi.nlm.nih.gov。偽鍼群は有意な変化なし。
Hu等 (2021)​鍼治療+外用漢方(対照群なし、10週治療)48.4 ±21.230.1 ±18.0― (追跡データ未報告;治療直後で約18ポイント改善)​healthcmi.com
Huang et al. (2021)​鍼治療 vs 薬物療法/標準治療(メタ解析)約50 vs 50 (推定)約40 vs 50 (推定)― (各試験により異なる;鍼治療群は対照群よりTHI改善が約10ポイント大きい)​pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

注: 上記は2020年以降の報告に基づく。いずれの研究でも鍼治療群でTHIスコアの有意な低下が認められ、対

鍼灸治療プロトコルの種類と特徴

耳鳴りに対する鍼灸治療は、選穴や施術法にいくつかのアプローチが存在します。大きく分けると「局所治療」「経絡全身治療」の併用が一般的であり、さらに電気刺激の有無など補助療法の違いもあります​

主要なプロトコルを以下に分類して概説します。

局所鍼治療(耳周囲の経穴)

耳鳴り患者への鍼療法では、症状部位に近い耳周囲の経穴を刺鍼する局所治療が頻用されます。2024年のスコーピングレビューによれば、最も頻用された経穴は耳の周囲に位置する翳風(TE17)、聴会(GB2)、聴宮(SI19)、耳門(TE21)であったと報告されています​

これらは伝統的に耳症状の要穴とされる部位で、耳介周囲の血流改善や局所神経への作用を期待して用いられます​

加えて、風池(GB20)や百会(GV20)、曲鬢(GB8)など、耳に隣接または関連する部位の経穴も頻繁に使われました​

局所鍼刺激は知覚神経節や脳幹聴覚経路への反射的抑制、局所循環の改善による内耳の代謝改善などに寄与すると考えられています​

実際、多くのRCTでこれら耳周囲のツボを組み合わせた施術が行われており、症状軽減との関連が示唆されています​。

経絡・全身鍼治療(遠隔部の経穴)

鍼灸の理論では、局所治療と併せて全身の経絡バランスを整える遠隔部の経穴刺激が重要とされます​

耳鳴り治療でも、耳周囲ツボと同時に手足や体幹のツボが併用されることが多く、先のレビューでも全ての試験で局所と遠隔の経穴を同時使用していたとされています​

具体的には、三焦経の支溝(TE3)・外関(TE5)等の風熱を除く経穴、足の三里(ST36)・豊隆(ST40)・三陰交(SP6)・合谷(LI4)・関元(CV4)・気海(CV6)等の気を補い脾を健運する経穴、太衝(LR3)・侠渓(GB43)・丘墟(GB40)等の肝胆の火を清する経穴、腎兪(BL23)・太渓(KI3)等の腎を滋養する経穴が組み合わせで用いられました​

これらは伝統医学的には耳鳴りの病因(肝陽上亢、腎虚、痰湿など)に応じた証治として選択されます。遠隔経穴の刺激は中枢神経系への調節作用(大脳辺縁系や自律神経系への影響)や、全身状態(睡眠や情動など耳鳴りに影響を与える因子)の改善をもたらすと考えられています​

実際、臨床研究でも不眠や不安傾向の強い耳鳴り患者に対し全身調整の鍼治療を併用することで、QOLの包括的改善につながった例が報告されています​

特定の経穴を中心とした治療法

耳鳴りに対して経験的に効果が高いとされる要穴を中心に据えた治療アプローチもあります。例えば、耳鳴り治療三穴として知られる翳風・聴宮・聴会の3点は、古くから難聴や耳鳴りに効果的とされ、これらのみを集中的に施術する流派も存在します。また、日本や韓国では耳門・完骨・風池などを重視する鍼灸師も多く、個々の症例で症状の変化を詳細に報告したケースシリーズもあります​

ただし近年の研究では、単独の経穴より複数経穴の組み合わせによる相乗効果が重要との見解が一般的であり​

特定ツボのみの効果を厳密に評価した試験は限られます。今後、どの経穴が最も治療効果に寄与しているかを解析するために、多重比較や逐次除去法などを用いた研究が期待されます。

電気鍼や温灸などの補助療法併用

鍼刺激に電気的な刺激を加える電気鍼(EA) や、鍼の柄に灸をつけて温熱刺激を併用する温針療法も耳鳴り治療で試みられています。電気鍼は一定の周波数電流を流すことで刺激の持続・均一化を図る方法で、中国の研究では手技のみの鍼よりも電気鍼併用で治療効果が向上したとの報告があります​

特に前述のNMAでは、電気鍼+温針の併用がTHI改善効果で上位にランクされており、電気刺激による相乗効果が示唆されます​

温針(灸併用)も中国では一般的で、鍼灸併用療法として評価されたメタ分析では有効性・安全性とも良好な結果が得られました​

一方、西洋医学圏のRCTではシャム対照を維持するため刺激の強さや深さを制限する傾向があり、二重盲検RCT5件では比較的浅い刺鍼や細い鍼が用いられていました​。これにより本来の刺激量が十分でなかった可能性も指摘されています​

今後、電気鍼や温針の効果を適切に評価するため、対照群にもそれらの模擬刺激を与えるなど工夫した試験デザインが必要です。また、耳介に小さな鍼を留置する耳鍼や磁気粒による継続刺激も補助的に用いられることがありますが、耳鳴りに対する有効性については症例報告レベルに留まっています。

関連するガイドラインの推奨事項

世界保健機関(WHO)の見解

WHOは1979年に鍼治療の適応リストを公表し、その中で耳鳴りは鍼が有用な可能性のある症状の一つとして挙げられました​

しかし、その後の科学的検証を踏まえた2003年のWHO報告書「鍼治療の有効性に関する臨床試験のレビューと分析」では、耳鳴りに対するRCTエビデンスは乏しく明確な結論を出せないとされています(当時入手可能なRCTは2件のみであり、効果は「暫定的に否定的」と評されました)。したがって、WHOとして耳鳴りに鍼を推奨する公式ガイドラインは現時点で存在せず、各国の臨床ガイドラインに委ねられている状況です。

各国の耳鼻咽喉科および関連学会ガイドライン

米国の耳鼻咽喉科頭頸部外科学会(AAO-HNS) は2014年に「耳鳴りの診療ガイドライン【Tunkelら, 2014】」を策定しました。この中で鍼治療については、エビデンス不十分のため推奨も否定もしないとの立場が示されています​

これは効果がないと断じているわけではなく、当時の文献では有効性を支持する根拠が不十分だったことによります。実際、AAO-HNSガイドライン作成時に引用された系統的レビューでは、盲検化された試験では鍼の有効性は確認できず、非盲検試験のみが肯定的結果を示していたといいます​

ヨーロッパの多職種合同ガイドライン (2019年) でも、鍼灸に対する言及は慎重です​

欧州ガイドラインは耳鳴り患者への認知行動療法(CBT)と補聴器/人工内耳(難聴合併例)を強く推奨する一方で、鍼治療や音響順応療法についてはエビデンス水準が低いためコメントしないと記載しています​

つまり「現時点では推奨できる根拠がない」という立場で、事実上推奨しないに等しい扱いです。また反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)や薬物療法は有害性が利益を上回る可能性から明確に非推奨**とされていますが、鍼についてはそこまでは言及せず中立的に触れないに留めています​

これは欧州において鍼治療が一部で実践されている現状に配慮しつつも、科学的根拠に基づく推奨は行えないという判断と言えるでしょう。

現時点で公開されている日本の耳鳴りガイドラインでは、鍼灸治療に関する具体的な記載は見当たりません(主に西洋医学的治療と補助療法について言及) 。一方、東洋医学的アプローチとして漢方治療については触れられることがありますが、鍼灸に関しては標準治療の一部とまでは位置づけられていないようです。とはいえ、日本でも臨床の現場で鍼治療を取り入れる医師もおり、エビデンスの集積次第では将来的にガイドラインに組み込まれる可能性は否定できません。

まだガイドラインに掲載されるレベルのエビデンスがないため、治療方法がなく困っている方の助けになる可能性はあるものの、今後エビデンスの集積が重要といえるでしょう。

治療効果・副作用・他治療法との比較

鍼灸治療の効果とその持続性

鍼灸治療による耳鳴り症状の改善度は、研究によってまちまちですが、THIスコアで5~15ポイント程度の改善が報告されることが多いです​

これは、耳鳴りによる生活上の困難感が軽減されることを意味し、患者にとって臨床的に意味のある変化と考えられます。実際、認知行動療法(CBT)など他の推奨療法でも主にQOL指標の改善が目的であり、THIスコアの改善幅は同程度(約5~10ポイント減)と報告されています​

しかし、鍼灸による効果の持続期間には注意が必要です。前述のようにKuzucuらのRCTでは効果が数週間で現れる一方、治療終了3か月後に元のレベルに戻ったことが示されました​

他の研究でも、治療直後~1か月時点では有意差があっても、半年後には差が縮小するケースがあります​

これは鍼灸の効果が一過性である可能性や、メンテナンス療法の必要性を示唆します。一方、中国のある試験では定期的な追加治療により効果を維持できたとする報告もあり、最適な治療頻度・期間を検討する余地があります。

安全性・副作用リスク

鍼灸治療は全般に安全性が高いと考えられています。耳鳴り治療の文脈でも、重大な有害事象はほとんど報告されていません

Wuらのメタ分析(2023)では、鍼灸+灸治療群と対照群で有害事象発生率に有意差はなく、安全に施行可能と結論付けられました​

典型的な副作用は刺入部の一過性の疼痛や出血、皮下出血程度であり、適切な手技では頻度も低いです。また、稀な合併症として感染症(肝炎など血液媒介感染)や気胸(胸部や背部への刺鍼時)がありますが、耳周囲の鍼治療で肺を損傷するリスクはなく、感染リスクもディスポーザブル鍼と滅菌手技の普及で極めて低減しています​

他の治療法との比較

耳鳴り治療には、補助具としての補聴器装用や音響療法(マスキング、騒音発生装置)、心理療法(認知行動療法)、薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬の症状緩和目的使用)などがあります。補聴器は難聴を伴う耳鳴り患者では第一に推奨され、聴力補正により相対的に耳鳴りが気になりにくくなる効果があります​

しかし補聴器は耳鳴りそのものを治療するわけではなく、聴覚刺激の提供による間接的な緩和策です。一方、認知行動療法(CBT) は耳鳴りによる情動的苦痛や不安を軽減し、対処スキルを身につけることでQOLを向上させる治療で、唯一エビデンスが確立した非侵襲的治療とされています​

CBTは耳鳴りそのものの大きさ・音量を下げる効果は期待しませんが、ストレス低減によって結果的に主観的負担が軽くなることがあります​

薬物療法に関しては、現時点で耳鳴りに特効のある薬剤はなく、抗不安薬や抗うつ薬、循環改善薬などが対症的に用いられるのみです​

鍼灸はそうした薬物と併用しても大きな相互作用リスクはなく、むしろ薬物単独より鍼灸併用の方が有効率が高かったとの報告もあります​。(例えば前述のネットワークメタアナリシス)で「鍼灸+西洋薬」が「西洋薬のみ」よりTHI改善に優れるなど)​

他方、近年研究が進む経頭蓋電気刺激(tDCS)磁気刺激(rTMS)は、一部に鍼灸と同程度のTHI改善効果を示す報告があるものの​、複数のガイドラインで安全性や有効性の不確実さから非推奨の明記がある治療とされています​

これらと比べると鍼灸は歴史的使用実績も長く、安全性も高いため、「有効性が明確ではないが試す価値はある補完療法」**という位置づけで活用されることが多いと言えます​

総合すると、鍼灸は現行の標準治療(補聴器・CBT・音響療法など)を置き換えるものではないが、それらで十分な効果が得られない患者に追加・併用することで症状軽減の一助となり得る治療オプションと考えられます

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