1.女性の更年期障害
女性の更年期障害がなぜ起きるでしょうか。
生物学的な要因としては、
①主にエストラジオールの低下に起因する直接的な影響
②他のホルモンバランスなどへの影響などの間接的に生理状態が失調した状態
これらが、複雑に関わることで、、皮膚や骨、内臓、筋肉、脳(転じてメンタルも)、血管など全身に大きな影響を与えます。
それに加えて、更年期という時期ならではの社会的な要因(キャリア、家庭など)や、心理的な要因が重なって、多様な症状を呈すると考えられています。。
2.更年期障害の症状
1)血管の拡張と放熱
ほてり、のぼせ、ホットフラッシュ、発汗など
2)さまざまな身体症状
めまい、動悸、胸が締め付けられる頭痛、肩こり、腰や背中の痛み、関節の痛み、冷え、しびれ、疲れやすいなど
3)精神症状
気分の落ち込み、意欲の低下、イライラ、情緒不安定、不眠など
4)骨密度低下、骨折リスク増加(閉経後)
5)肥満による高血圧、コレステロール値の上昇、糖尿病リスクの増加など
3.中医学における更年期障害の考え方ー腎と関連が深いと考えられていますー
中医学では、更年期障害は「腎」という分野との関連が深いとされています。
中医学的にいう腎は、いわゆる西洋医学の腎臓ではありません。
中医学の腎とは、泌尿器の重要臓器としての働きと、性腺、生殖器の働きを包括している概念とされています。
1)腎は水を主る。
・尿の生成、水分代謝
「腎は水を主る」という表現は、腎の重要な機能の一つである水代謝に焦点を当てています。中医学では、腎は体内の水分の代謝・循環を調節し、水分の吸収や排泄を制御する役割を果たしていると考えられています。
具体的には、腎は尿の形成と排泄を通じて余分な水分や老廃物を体外に排出することで、体内の水分バランスを調整します。また、腎は体内の水分を保持し、組織や臓器に適切な水分量を供給する役割も担っています。
2)腎は精を蔵す。
中医学では、腎は生殖と性機能に関連した重要な臓器であると考えられています。腎は精(せい)を蓄積し、管理する役割を果たしているとされています。ここでの「精」とは、精液(男性)または卵子(女性)を含む生殖の要素や、生命力やエネルギーの源とされる物質の材料を指します。
「精を蔵す」という言葉は、腎が生殖機能において重要な役割を果たしていることを表現しています。腎は精を蓄え、発育・発達や生殖機能の維持に関与しています。また、中医学では、腎は体内のエネルギー(気)を蓄え、体力や免疫力の維持にも関与していると考えられています。
この理論に基づき、中医学では腎の機能を保護し、生殖機能やエネルギーのバランスを整えることが重要視されています。
つまり、
(1)現在の性腺の働き、性ホルモンの中枢および末梢の制御と関連
(2)精は中医学で体を養うための気(エネルギーと機能)、血(物質的基盤を養うもの、概念的には血液に類似、精神機能の物質的基盤とされており、不足すると精神情緒に影響する物質)の材料とされています。
(3)精の働きである、イ、ロ、ハの働き
イ.精は発育と生殖を主るといわれており、不足すると発育が悪くなり、生殖能力に影響すると言われています。→ 西洋医学にあえて当てはめていくと成長ホルモンと性ホルモン等と考える先生も居ます。
ロ.髄を生じると言われ、髄の材料とされています。髄は、骨を養う(骨代謝へ影響)、脳を養う(脳は、髄の海と言われる。おそらく、中枢神経系と関与)、血の生成の働きを持つとされています。
ハ.腎陰と腎陽の基とされています。腎陰は、臓腑器官を潤して栄養(不足すると衰え老化します。)し、腎陽を抑制して過度な体温上昇が起こらないようにする働きを持ちます(つまり更年期で腎陰が不足するとほてります。)。腎陽の働きは体を温め、代謝を促進することであると言われています。不足すると、代謝が下がり体温が下がると言われています。
4.中医学の腎と他臓との関連
1)肝
(1)肝は、血を蔵し、筋を主ります。腎精が不足すると肝の血が不足するため、筋に影響します。引きつり、こわばり、痙攣の原因となります。
(2)肝陽の異常が引き起こされる。
肝陽は、気の巡りを管理し、情動では怒りと関連が深い場所です。腎陰が不足すると、肝陽が失調するとされ、気の巡りの異常が他臓腑の気の失調に繋がり様々な症状を引き起こします。また肝陽は腎陰により抑制されているため、腎陰不足により亢進すると(いわゆる更年期が起こる状態になると)、怒りの閾値が下がって情緒が不安定となります。
2)脾
(1)脾は、消化吸収と関連が深い臓で、腎により機能が抑制される部分があります。腎が弱ると、脾の機能が亢進して、食欲が亢進し肥満になりやすくなると言われています。(腎陽不足による代謝低下も関連)
5.更年期症状に対する鍼灸の効果ー臨床研究からみたコメントー
・更年期の血管運動症状(VMS)については、効果ありとするものと、効果なしとするもの、ホルモン補充療法ほどの効果はないとされるなど、様々な報告があります。中医学的には腎陰不足と肝陽の亢進が関連します。この病能ですと、鍼は肝陽の抑制は得意です(つまり、肝陽が抑制されていない怒りの閾値が下がって情緒が不安定となる状態への対策として効果が高いと考えられています)
腎陰の不足を補うのはどちらかというと不得意で、漢方薬の方が得意と言われています。鍼で腎陰を補うのには、亢進した熱を放散させて陰不足の進行を抑えてから、腎陰、精を補うツボやを使います。まとめると、更年期症状について腎陰をおぎなうためには、漢方薬との併用がいいと考えます。
・精神症状については、鍼灸が良い効果を与える可能性があります。漢方薬と併用すると、コントロールしやすくなるという報告もあります。
・様々な身体症状を緩和して、生活の質を上げる可能性があります。
6.更年期症状に対する鍼灸の基礎研究からみたコメント
鍼灸は、中枢に作用して神経栄養因子、神経ペプチド、さまざまな神経伝達物質の動態に関与、次いで性ホルモン動態に関与して効果を発現しているという報告が多数あります。
1)卵巣摘出ラットに対する腎兪の鍼
NTx抑制(破骨の抑制)、体重増加抑 一月以内効果が発現します。長期的に刺激すると、性腺外E2生成が賦活されて、E2が上昇します。卵巣があるラットだと、テストステロンが平均値で3倍ほどになったと研究結果があり。おそらく、副腎での合成を賦活していると仮定されています。
Takeda A, Koike T, Urata S, Ishida T, Oshida Y,Effect of acupuncture of Shenshu (BL 23) on the bones of ovariectomized rats , J Tradit Chin Med, 2018;38(1):54-64.
2)卵巣摘出更年期うつモデルラットへの三陰交への鍼
E2枯渇によって海馬の脳神経由来栄養因子(BDNF)の減少し、ニューロペプチドY(NPY)が減少します。三陰交への鍼は、BDNFとNPYを上昇させます。そしてうつ病様行動は、改善しました。BDNFをブロックすると、効果は発現しませんでした。三陰交は、ホルモン動態に影響するようですが、E2が上昇する前に効いています。
Su Yeon Seo, Ji-Young Moon, Suk-Yun Kang, O. Sang Kwon, Sunoh Kwon, Se kyun Bang, Soo Phil Kim, Kwang-Ho Choi & Yeonhee Ryu, An estradiol-independent BDNF-NPY cascade is involved in the antidepressant effect of mechanical acupuncture instruments in ovariectomized rats, Scientific Reports (2018) 8:5849
3)卵巣摘出更年期うつモデルラットへの百会、腎兪、三陰交の鍼通電
Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路を活性化させて海馬の神経増殖を賦活させました。またLHおよびGnRHの上昇を抑制しました。そして、うつ病様行動を改善しました。
Qin Jing †, Lu Ren †, Xue Deng, Nan Zhang, Martin Fu, Ge Wang, Xi-Rong Jiang, Shu-Ru Lin, Cai-Rong Ming, Electroacupuncture Promotes Neural Proliferation in Hippocampus of Perimenopausal Depression Rats via Wnt/β-Catenin Signaling Pathway, Journal of Acupuncture and Meridian Studies, Volume 13, Issue 3, June 2020, Pages 94-103