うつ·気分の落ち込みの中医学【鍼灸と漢方薬(効果・使い分け)】

誰でもつらいことや悲しいことが起きれば、気持ちが沈んだり元気がなくなるものです。しかし、通常はその状態がいつまでも続くわけではなく、大抵は時間の経過と共に自然に回復していくものです。一時的な気分の落ち込みは誰もが経験することです。

ところが、気持ちがふさぎ、憂鬱な気分や無気力な状態いわゆるうつ状態がいつまでも続く場合には要注意です。放っておくとどんどん悪化し、仕事や学業、人とのコミュニケーションなど日常生活に支障が出てくる恐れがあるからです。

最近はうつという言葉をよく耳にするようになりましたが、うつとは具体的にどういった症状なのでしょうか。実際には精神的な症状だけでなく身体的な症状も現れます。主な症状を次に挙げてみます。

(精神的症状)

  • 何もしていなくても憂鬱な気分になる
  • 良いことがあっても喜べない
  • 好きなことをしても楽しめない
  • 意欲が湧かない
  • ぼーっとして集中力がなくなる
  • 自分を責める

(身体的症状)

  • ぐっすり眠れない、眠りすぎる
  • 食欲が極端に低下または増加
  • 体重の減少または増加
  • 疲れやすく、体がだるい

うつ状態が一定期間以上続く場合にはうつ病という病気として診断されます。うつ病を引き起こす原因はまだ十分に解明されていないのが現状ですが、現段階ではひとつだけでなく複数の要因が重なり合って発症すると考えられています。

一つ目の要因として、うつになりやすい性格というのがあります。真面目、几帳面、完璧主義、責任感が強い、秩序正しい、気配り上手などです。これらの性格は長所にもなる反面、ストレスをためやすいという一面もあります。このような性格の人が必ずしもうつ病になるわけではなく、他の要因が加わったときに発症する可能性が高くなります。

二つ目の要因としては外部の環境から受けるストレスです。家庭や職場の環境、人間関係のトラブル、大切な人との別れ、環境の変化などがストレスとなってうつ病が発症するきっかけになりやすいです。

他にも遺伝的な影響もあるといわれています。

これまでの研究では、脳の中には感情をコントロールするモノアミンという神経伝達物質が存在しますが、この神経伝達物質の不足がうつ病を引き起こしているということが分かってきています。うつ病の第一選択薬である抗うつ薬はこういった神経伝達物質のバランスを取り戻していく働きをします。うつ病の治療には抗うつ薬の他、症状に合わせて抗不安薬、睡眠薬なども処方されることがあります。

一方、症状ごとに何種類もの薬が処方される西洋医学と違って、鍼灸や漢方薬は体のバランスを整えることによって同時に複数の症状を改善していくという利点があります。さらに長期にわたって服用しても副作用が少なく、原因がはっきりしない心の病気にも効果が期待できます。

目次

中医学と鍼灸と、うつについて

中医学では血(けつ)が臓腑と諸器官を栄養するものと考えられています。心(心臓と精神)は、血(けつ)というものに養われています。そして血の不足が起こり内臓の機能が停滞すると、内臓が管理している情動が影響を受けるとされています。

とくに、血の不足が「心」(心臓の働きと、精神の中枢)に影響すると動悸やメンタルのトラブルが生じる可能性があるとされています。

血不足を改善するために多く使われるのが「三陰交」というツボです。三陰交は、中医学で消化器全般を管理している「脾」の重要なツボとされていて治療に用いられます。また、「腎」と「肝」も同時に調整できるツボです。

「腎」という臓器は精(血の材料)を貯蔵しているとされており、脳の栄養としても関与する(精が髄を生み、髄が脳を養うと伝えられている)と中医学では考えています。「肝」は、怒りや血流量調整と関係しているとされています。

三陰交への鍼刺激による脾、肝、腎の機能調整は、血の循環や養分の供給を改善し、転じてメンタルのトラブルを改善する効果が期待されます。

最近の研究では、中医学的な視点に加えて実際のホルモンや因子の測定も行われており、実際、更年期うつモデルでは、三陰交は脳神経由来栄養因子(BDNF)を増やしたり、はエストロゲンを増やすと報告されています。面白い所は、エストロゲンが増える前にBDNFが増える効果が出て、長く刺激しているとエストロゲン量が変わってくるよという報告がある点です。

まだまだ分かっていないことも多い鍼灸ですが、古くからメンタル疾患には使用され、なぜ効果があるかという点が少しずつ解明されてきています。

漢方医学と、「うつ」

漢方医学では、うつや気分の落ち込みは「気」のバランスが崩れていることによって起きると考えられています。気とは生命活動のエネルギーを表し、全身を巡りながら各臓器の機能の維持に大きな役割を果たしています。

「病は気から」と言われるように気に異常が生じれば、体に様々な不調をもたらしますが、特に精神的なストレスの影響を受けやすいのは「肝」です。

肝がダメージを受けると、気がスムーズに流れず、停滞するようになり、「気滞(きたい)」という状態になります。さらに気滞が長引くと、「気虚(ききょ)」という気が不足した状態になり、他の臓器にも影響を及ぼすことで様々な症状が現れるようになります。

したがってうつに対する漢方薬治療には、主に気の流れを促す理気薬、気を補う補気薬などの漢方薬を使用します。

気滞の状態になると、気分が落ち込み、不安感、不眠などの症状が強く現れます。

・比較的体力がある人には「柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」「女神散(にょしんさん)」、

・体力が中間程度の人には「半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)

・虚弱体質の人には「香蘇散(こうそさん)」が用いられます。

気が不足すると、やる気が低下し、食欲不振、疲労感などの症状も現れます。そういった症状には「桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)」「柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)」「加味帰脾湯(かみきひとう)」などが適しています。

気力も体力もかなり低下している場合には気と血を補う「十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)」や「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」を使うこともあります。

ストレスとは切り離せない現代社会において誰もがうつなってもおかしくない時代です。昔に比べればうつに対する認識が高まってきましたが、まだまだ周囲の理解が得られないケースも多くあるようです。うつの改善には周囲の人の協力も大きな影響を与えます。うつや気分の落ち込みが心のもち方次第で解決できる問題ではないということを理解し、身近な問題として捉えていくことも大切なことといえるのではないでしょうか。

  • URLをコピーしました!
目次