1. 帯状疱疹(Herpes Zoster)とは
- ヘルペスウイルスの再活性化
水痘帯状疱疹ウイルス(Varicella Zoster Virus, VZV)によって起こります。水痘にかかった後もウイルスは神経節に潜伏しており、加齢・免疫力の低下などを契機に再活性化すると帯状疱疹として発症します。 - 典型的な症状
胸部・背部・顔面など特定の皮膚分節(デルマトーム)に沿って水疱や皮疹が帯状に出現し、強い痛みを伴うことが多いです。通常は皮膚症状が治癒するまで数週間かかり、その後痛みも軽快していきます。
2. 帯状疱疹後神経痛(Postherpetic Neuralgia: PHN)とは
- 定義
帯状疱疹後、皮疹が治癒した後も痛みが長期間(少なくとも3ヶ月以上)持続する状態を指します(5)(6)。高齢者に多く、神経損傷や炎症が残存しているため、焼けつくような痛み、ピリピリした痛み、電気が走るような痛みなどさまざまな痛みの表現が見られます。 - 原因・病態
帯状疱疹の急性期にウイルスが感覚神経節や神経線維を損傷することで、神経の再生・修復過程に異常が生じたり、痛覚過敏が生じたりすることが主な原因と考えられています(5)(6)。特に高齢者や免疫機能の低下した人では神経の修復が遅れ、慢性痛へ移行しやすい傾向があります。 - 症状
- 持続性の灼熱痛
- アロディニア(触れる程度の弱い刺激でも強い痛みを感じる)
- 感覚鈍麻や異常知覚
など、神経障害性疼痛の特徴を示すことが多く、生活の質(QOL)を大きく損ないます。
目次
B. 帯状疱疹後神経痛に対する鍼灸治療
1. 鍼灸の作用機序(概説)
帯状疱疹後神経痛に対する鍼灸治療は、神経障害性疼痛に伴う痛覚過敏や炎症反応の抑制を目的に行われます。鍼刺激による以下の作用が考えられます(5)(7):
- 内因性オピオイドの放出: 鎮痛物質であるエンドルフィンやエンケファリンの分泌が促され、痛みが軽減する。
- 神経伝達調整: 異常興奮した感覚神経の活動を抑制し、痛覚過敏を和らげる。
- 局所循環促進: 神経周囲の血流を改善して炎症を軽減させる。
2. メタアナリシス・系統的レビューからのエビデンス
- 帯状疱疹後神経痛に対する鍼灸全般の効果
近年の系統的レビューでは、鍼灸がPHNの痛み軽減に有益である可能性を示唆する研究が増えています(5)(6)。複数のランダム化比較試験(RCT)を対象にしたメタアナリシスでも、鍼灸群は薬物治療(ガバペンチン、プレガバリンなど)単独群と比較して疼痛スコア(VAS)が有意に低下し、痛みに伴う不眠や生活障害度の軽減が報告されています(5)。ただし、研究の質にばらつきがあるため、確立された結論には至っていないという指摘もあります(6)。 - 電気鍼(Electroacupuncture, EA)の利用
帯状疱疹後神経痛に対する電気鍼のRCTでは、鍼への通電がない通常の鍼に比べて、痛みの改善速度が早い可能性を示す報告があります(7)。また、通電パラメータ(低周波2Hz~100Hz程度の混合刺激)によって鎮痛効果がさらに増強される場合があるとされています(7)。しかし、電気鍼を対象とした研究は四十肩・五十肩などと比べると数が少な質の高いRCTが今後求められています。
3. 個別のランダム化比較試験(RCT)の知見
- 鍼灸+抗神経痛薬 vs 抗神経痛薬のみ
中国を中心としたいくつかのRCTでは、ガバペンチンやプレガバリンなどの薬物治療に鍼灸を併用すると、痛みのVASスコアや睡眠障害、不安・抑うつの軽減が有意に改善したと報告されています(5)(7)。さらに副作用の頻度も併用群で低下するとの結果もあり、鍼灸による鎮痛補助が薬物投与量を減らす一助になる可能性が示唆されています(7)。 - 電気鍼+理学療法 vs 理学療法のみ
一部の研究では、体幹や四肢の神経痛に対して電気鍼と温熱療法・運動療法を組み合わせることにより、痛みの軽減と日常生活動作(ADL)の向上が見られたとする結果が報告されています(6)。とりわけ高齢患者では併用群の満足度が高く、合併症リスクの低減にもつながったとの報告もあります(6)。
4. 穿刺部位・施術方法
帯状疱疹後神経痛では、患部周囲の局所経穴に加え、関連する神経節付近の経穴や遠隔経穴が用いられます(5)(7)。
- 局所経穴: 帯状疱疹の残存痛領域の近位にある阿是穴(圧痛点)
- 身体各部位の代表的な経穴:
- 三焦経、胆経など痛みの分節領域に応じた経穴(例:足臨泣(あしりんきゅう, GB41)、陽陵泉(ようりょうせん, GB34)、外関(がいかん, TB5) など)
- 督脈または膀胱経の背部兪穴(対応する脊髄分節付近)
電気鍼の場合は、2本または複数本の鍼に低周波電流を流し、20~30分程度の通電を週2~3回行うプロトコルが一般的です(7)。治療期間は症状の重症度により異なりますが、1~2ヶ月続けるケースが多く報告されています(5)(7)。
5. 安全性と改善期間
- 安全性
帯状疱疹後神経痛は高齢者に多く、併存症(高血圧、糖尿病など)を持つ患者も少なくありません。鍼灸は、適切に施術すれば重篤な副作用のリスクが低い治療手段と考えられ、他の治療との併用も比較的容易です(6)(7)。ただし、皮膚状態によっては刺激量の調整や施術を避ける場合もあるため、専門家による適切な判断が必要です。 - 改善期間
帯状疱疹後神経痛は神経障害性疼痛であり、数週間から数ヶ月単位での経過観察が必要とされます(5)(6)。鍼灸単独でも2~4週間以内に一定の疼痛軽減を感じる患者がいる一方で、長期的な有効性の持続には継続的な治療が求められる場合が多いです(7)。薬物治療やリハビリとの併用を適切に行い、生活指導・運動療法を合わせることで症状の軽減を目指すことが推奨されています(6)(7)。
C. まとめ
- 帯状疱疹後神経痛(PHN) は帯状疱疹が治癒した後も痛みが続く神経障害性疼痛であり、QOLを著しく低下させます(5)(6)。
- 鍼灸(特に電気鍼) はPHNに伴う疼痛やアロディニアの軽減に有望な補完代替医療として注目されており、薬物治療や理学療法と組み合わせることで、より効果的な疼痛管理が可能になる可能性があります(5)(7)。
- 使用される経穴は、患部周囲の局所経穴や関連する神経分節の経穴が多く、週2~3回の施術を数週間から数ヶ月にわたり継続する場合が多いです(7)。
- 安全性は比較的高く、重篤な有害事象の報告は少ないとされていますが、皮膚の状態など個々の状況に応じた注意が必要です(6)(7)。
- エビデンスの質はまだ限定的であり、大規模なランダム化比較試験や長期追跡研究の蓄積が今後の課題です(5)(6)。
参考文献
- Chen W, Wang X, Li Y, et al. Acupuncture for postherpetic neuralgia: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Medicine (Baltimore). 2022;101(4):e28604.
- Li Q, Liu Y, Wu C, et al. Efficacy of acupuncture on postherpetic neuralgia in the elderly: A systematic review and meta-analysis. Aging Clin Exp Res. 2020;32(10):2073–2082.
- Wang F, Li X, Liu T, et al. Electroacupuncture for postherpetic neuralgia: A randomized controlled trial and mechanism exploration. Pain Pract. 2021;21(1):77–85.