頚腕症候群に対する鍼灸・電気鍼の効果とエビデンス

頚腕症候群(けいわんしょうこうぐん)は、首から肩・腕にかけての痛みやしびれを伴う症状の総称で、頚椎症性神経根症(いわゆる神経根型の頚椎症)や筋筋膜性の首・肩の痛みなどが含まれます。これらに対する治療法の一つとして、鍼灸(針治療)や電気鍼(電気刺激を併用した針治療)が広く用いられています。以下では、疼痛の改善および頚部の可動域改善をアウトカムとした高エビデンスの研究結果を紹介し、効果の持続期間についても考察します。

目次

疼痛の改善に関するエビデンス

メタアナリシスや系統的レビューでは、鍼治療が頚部痛の軽減に有効であることを示すエビデンスが示されています。例えば、Fuら(2009年)の系統的レビューでは、鍼治療は短期的な頚部痛を有意に軽減し(SMD=-0.45, 95%信頼区間 -0.69~-0.22、5つのRCTの統合解析)​、偽治療や他の対照群に比べて疼痛緩和効果が高く、鍼特有の治療効果があったと報告しています。

また中程度の質のエビデンスとして、鍼治療は治療終了時および短期フォローアップで偽の鍼治療より痛みを軽減し、待機リスト対照に比べても痛みと障害を改善したとするCochraneレビューにまとめられています。

さらに、通常の保存療法(理学療法や薬物治療など)と比較しても、鍼治療群の方が頚部痛が有意に改善したとの報告があり、その標準化平均差は約-0.57と中等度の効果量でした​

総じて、海外の複数のレビューは、鍼灸が頚部や上肢に関連する痛みの緩和に有効であると結論づけています。

電気鍼(電気刺激併用の鍼)についても注目されており、通常の鍼より鎮痛効果が高い可能性が示唆されています。2022年のネットワークメタアナリシスでは、9種類の鍼治療法を比較した結果、電気鍼を含む特定の鍼治療(灸頭鍼や温鍼など)が通常の手技鍼に比べて痛みの強度を有意に減少させ、電気鍼は痛みに伴う障害の軽減効果も優れていたと報告されています​

実際のRCTでも、たとえば筋筋膜性の頚部痛患者を対象とした二重盲検RCTでは、8回の治療後に電気鍼および通常の鍼治療群両方ともで痛みの大幅な軽減がみられ、さらに局所の痛み(トリガーポイントの圧痛)は電気鍼のほうが有意に改善しました​

このように電気鍼は鎮痛効果をさらに高める手段として期待されています。

具体的なRCTの例として、イェルニッヒらの研究(BMJ, 2001)では、慢性頚部痛の患者177人を対象に鍼治療、偽のレーザー鍼治療、マッサージを比較しています。その結果、治療後1週間時点で鍼治療群が他の対照群よりも有意に疼痛が軽減し、特に動作時の痛みの改善が顕著でした​

同様に、北欧で行われたRCTでは、慢性的な首・肩こり患者に対する鍼治療10回の介入によって痛みの強度と頻度が有意に減少し、対照のプラセボ群に比べて有効であったことが報告されています​

これらの結果は、鍼灸が頚腕症候群による痛みの緩和に寄与しうることを十分に示すものです。

可動域(ROM)の改善に関するエビデンス

鍼灸治療は痛みの軽減だけでなく、頚部の可動域(Range of Motion: ROM)の改善にも効果が及ぶ可能性があります。痛みが和らぐことで筋緊張が緩和し、結果的に首の動きが改善すると考えられますが、研究でもいくつかその傾向が示唆されています。

前述のFuら(2009年)のメタ分析では、鍼治療群で頚部の可動域が対照群より有意に拡大したという結果も含まれており、その効果量はSMD=0.42と報告されています​

また、むち打ち損傷後の慢性頚部痛(WAD)患者を対象とした2024年の系統的レビューでも、鍼治療によって頚椎の後屈(伸展)可動域が有意に改善したとされています​

このレビューでは他の方向の可動域改善は有意差がみられなかったものの、痛みの減少に加えて一部の動作で可動域向上が確認されています。

RCTレベルの研究でも、鍼灸による頚部可動域の向上が報告されています。例えば前述のBMJの試験では、鍼治療群で頚部の「可動性」が向上したとされ​

これは具体的には頚を動かした際の痛みの減少と運動範囲の改善を反映する所見です。また、ブラジルで行われたランダム化比較試験では、筋筋膜性疼痛を持つ患者に対し鍼と電気鍼を比較したところ、治療後に鍼治療群で頚の回旋角度や側屈角度が有意に改善し、しかも一部の改善は4週間後のフォローアップまで持続しました​

このように鍼灸は痛みを和らげるだけでなく頚部の柔軟性・可動域を改善する効果も期待できることが示唆されています。

改善効果の持続期間(改善期間)

鍼灸・電気鍼治療による疼痛や可動域の改善効果がどの程度持続するかについては、研究によって結果が分かれています。一般的に、短期的な効果は確認されているものの、長期的な維持についてはエビデンスが限定的です。

短期~中期(数週間~数か月)のフォローアップでは、多くのRCTやレビューで効果が確認されています。上述のBMJ試験では、5回の鍼治療終了1週後に有意だった改善効果が、3か月後には他群との差が縮小し有意差がなくなったと報告されています​

Cochraneレビュー(2015年更新)でも、鍼治療の疼痛軽減効果は短期的には優位だが、その効果は長期には持続しない傾向が示されました​

実際、「この効果は長期的には持続しないようであり、追加セッションを繰り返すことで維持できるかどうかは検証されていない」と結論づけられています​

したがって、現時点でのエビデンスでは、鍼灸の効果は治療直後~数週間・数か月程度までの改善に留まる可能性が高いと考えられます。

しかし一方で、長期効果を示唆する報告も存在します。例えばノルウェーで行われたRCTでは、鍼治療を受けた群は治療終了後3年間にわたり疼痛レベルの改善がベースラインより良好な状態を維持し、対照群では元の痛みレベルに戻っていたという結果が得られています​

この研究では定期的な追加治療なしで長期フォローしていますが、統計学的にも治療群の3年後の痛みが有意に低かったと報告されています​

ただし症例数が少ない単一の試験であるため、一般化には慎重さが必要です。

大規模試験では長期フォローアップまで効果を追えていないものも多く、総合的には「短期的な症状緩和には有効だが、長期的維持には追加治療や他の併用が必要かもしれない、研究の後追いも必要」というのが現段階のエビデンスといえるでしょう、

参考文献:

  1. Fu LM, et al. J Altern Complement Med. 2009;15(2):133-145. (系統的レビュー)​ncbi.nlm.nih.govncbi.nlm.nih.gov
  2. Lee SH, et al. BMJ Open. 2024;14(1):e077700. (WADに対する鍼治療のメタ分析)​pedro.org.aupedro.org.au
  3. Trinh K, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2016;11:CD004870. (コクランレビュー)​pubmed.ncbi.nlm.nih.govpubmed.ncbi.nlm.nih.gov
  4. Irnich D, et al. BMJ. 2001;322:1574-1578. (慢性頚部痛患者へのRCT)​pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  5. He D, et al. Pain. 2004;109(3):299-307. (慢性頚肩痛患者へのRCT、3年フォロー)​pubmed.ncbi.nlm.nih.govpubmed.ncbi.nlm.nih.gov
  6. Lee JH, et al. Medicine (Baltimore). 2022;101(34):e30190. (頚部痛に対する各種鍼治療のネットワークメタ分析)​pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  7. Girão YC, et al. Braz J Phys Ther. 2015;19(1):10-18. (筋筋膜性頚部痛に対する鍼 vs 電気鍼RCT)​scielo.br
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