スマホ首は様々な原因がありますが、ストレートネックとスマホ使用から来る筋膜性疼痛が原因となることがあります。このページでは、スマホ首に対する最新の鍼灸エビデンスをまとめました。
1) Cochraneレビュー(2016年)
Cochraneによる首の痛みに対する鍼治療のシステマティックレビューでは、無作為化比較試験(RCT)を対象とし、慢性・機械的首痛を含む複数の研究を分析しています(1)。結果として、短期的(約3か月以内)には鍼治療は偽鍼や未治療群に比べ、痛みの軽減と機能改善において中程度のエビデンスをもって有効と示されています(1)。ただし、長期効果については根拠が不十分であること、また効果の持続には追加の治療セッションが必要な可能性があることが述べられています(1)。
2) Fangらによるメタアナリシス(2024年)
Fangらは慢性首痛に対する鍼治療を対象にした18件のRCTをメタアナリシスし、鍼治療が少なくとも3~6か月にわたり有意な疼痛軽減(VASスコアの減少)をもたらすと報告しています(2)。偽鍼と比較した場合には痛みスコアの差は有意でないケースもあり、プラセボ効果など非特異的効果も関与している可能性が指摘されています(2)。しかし、機能面の改善(ネックディスアビリティ指数など)では真鍼の方がより高い改善度が認められたと報告されています(2)。
2. 穿刺部位および選定理由
スマホ首(ストレートネック)は、前方頭位(いわゆる“うつむき姿勢”)が長時間続くことで頸椎の生理的弯曲が失われ、筋緊張・疼痛などが生じる状態です。鍼治療では、局所の圧痛点(阿是穴)と経穴を組み合わせることが多く報告されています(2)(4)。
- 阿是穴(トリガーポイント): 首や肩周囲の触診で痛みや圧痛が顕著な部位を直接刺鍼し、筋スパズムを緩和すると同時に局所の血流を促進する狙いがあります(4)。
- 経穴: 頸部に分布する経絡(特に足の少陽胆経、足の太陽膀胱経、督脈など)上の代表的な経穴を使用します。頸肩部の痛みやストレートネックに用いられることが多いのは、後述するGB20(風池)、GB21(肩井)、BL10(天柱)などです(2)(4)。
経穴選定の背景には、局所的な筋・神経のリリースだけでなく、中枢神経系を介した痛み緩和や、東洋医学的に「気血の流れを整える」目的があります(4)。
3. 効果(VAS、即効性など)
3-1. VASスコアの変化
多くのRCTやメタアナリシスで鍼治療は頸部痛のVASスコアを有意に減少させると報告されています(1)(2)。例えば、ある大規模RCTでは、首の痛みの程度を表すスコアが、真鍼群では偽鍼群よりも約10ポイント以上有意に低下し、機能障害の軽減効果も大きかったとされています(3)。
3-2. 即効性と持続性
鍼治療の特長として、施術直後または数回の治療で比較的早期に疼痛が軽減する例が多いと報告されます(3)(4)。いわゆる“トリガーポイント”に対する刺鍼では、局所の筋拘縮を解き、疼痛物質の除去を促進するとされ、初期の疼痛軽減が大きい傾向がある(4)といわれます。ただし、慢性化した首痛やスマホ首では、治療をやめると元の姿勢に戻り再発するケースもあり、長期的には複数回の継続治療や姿勢矯正エクササイズとの併用が推奨されています(1)(2)(4)。
4. 注意点
4-1. 安全性
鍼治療は適切な手技で行われる限り、重篤な副作用は稀であると報告されています(1)。しかし、以下の点に留意が必要です。
- 感染リスク: 鍼は滅菌・使い捨てのものを用い、清潔操作を徹底すること。
- 深部刺鍼による合併症: 肩井(GB21)付近や胸背部への刺鍼では、気胸などのリスクがわずかながら報告されています。解剖学的知識を踏まえ、適切な角度・深度で刺鍼し、特に痩せ型や高齢者には慎重に行う必要があります(5)。
- 出血傾向のある患者: 抗凝固薬服用者や血液凝固障害がある場合、刺鍼時の出血や内出血に注意が必要です。
4-2. 補助的アプローチ
スマホ首は姿勢の是正や運動療法も重要です。鍼治療で疼痛が軽減しても、根本原因の不良姿勢を放置すると再発しやすいため、物理療法・ストレッチ・筋力トレーニングなどと併用すると効果が持続しやすいと考えられます(2)(4)。
5. 一般的な刺入点とその理由
5-1. 局所の主な経穴
- 風池(GB20)
- 後頭骨付近の陥凹部。後頭下筋群の緊張緩和、頭痛・首こりの軽減を狙う。
- スマホ首では後頭部~首の境界部分が過度に緊張しやすいため、血流改善や筋弛緩効果が期待される(4)。
- 肩井(GB21)
- 僧帽筋上部の盛り上がり部分。肩こりや肩周辺の緊張緩和に用いられる代表的な経穴。
- 前方頭位により僧帽筋上部が拘縮しやすく、痛みや筋硬結が生じるため、ここへの刺鍼で局所の循環改善を図る(4)。
- 天柱(BL10)
- 後頸部の髪際付近、僧帽筋外縁付近。頸椎周囲筋のコリを緩和し、頸部の可動域を向上させる目的で選択される(2)。
- 大椎(DU14)
- 第7頸椎棘突起の下。脊柱の要所で、東洋医学では諸陽経の会とされ、首・上背部の緊張を緩める働きがある。
- 阿是穴(トリガーポイント)
- 頚部~肩甲帯まわりの圧痛点や筋硬結部位。直接刺入して“筋のひきつり”を誘発し、筋スパズムを解消する効果を狙う(4)。
5-2. 遠隔部の主な経穴
- 後渓(SI3)
- 手の小指側、第5中手骨基部近辺の尺側縁にある。督脈の絡穴でもあり、頸椎疾患による首の可動域制限や痛みにしばしば用いられる(3)。
- 列欠(LU7)
- 前腕橈側、手関節付近。東洋医学的には任脈と関連し、首周囲の表面の気血巡りを改善するとされる。
- 手三里(LI10)・**外関(SJ5)**など
- 前腕部や手背部に位置する経穴で、腕から首・肩にかけての筋膜ラインを整える意図で使用。
これらの遠隔経穴を併用する理由は、局所への物理的刺激のみならず、身体全体の気血の流れを調整することで鎮痛・可動域改善効果を高めるとされているためです(2)(4)。
まとめ
- エビデンスレベルが高いシステマティックレビュー(1)(2) は、鍼治療が首の痛み(スマホ首も含む)において短期的に有意な痛み軽減と機能改善をもたらすことを示唆している。ただし、偽鍼との差異は中程度であるとされ、長期的効果維持には継続的な治療やセルフケアが必要。
- 穿刺部位は、阿是穴(圧痛点)に加えて、風池、肩井、天柱、大椎などの局所経穴、さらに後渓(SI3)、列欠(LU7)といった遠隔経穴を組み合わせることが多い(3)(4)。
- 効果(VASスコア低減、即効性):短期的な疼痛軽減効果は高く、1~数回の施術での即効性も期待される一方、再発防止のためには姿勢矯正や運動療法を併用することが望ましい。
参考文献
(1) Trinh K. et al. Cochrane Review (2016). “Acupuncture for neck disorders.” Cochrane Database Syst Rev. 2016; (5): CD004870.
(2) Fang J. et al. (2024). “Durable Effect of Acupuncture for Chronic Neck Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Pain Res Manag, 28(9):957-969.
(3) Chen L. et al. (2021). “Optimized acupuncture treatment for neck pain caused by cervical spondylosis: a multicenter randomized controlled trial.” Pain, 162(3): 728-739.
(4) Majidi L. et al. (2023). “Comparison of exercise therapy and electroacupuncture in forward head posture with myofascial pain: A randomized trial.” Med J Islam Repub Iran, 37:34.
(5) National Center for Complementary and Integrative Health (NCCIH). “Acupuncture: In Depth.” Updated October 2022. https://www.nccih.nih.gov/