不眠症(眠りたいのに眠れない)の漢方薬(効果・具体的な症状別)

不眠症とは、眠ろうとしても眠れない・眠っても夜中や早朝に目が覚める・眠りが浅いなどの症状が続き、睡眠不足になることで日中の眠気や疲労感など日常生活に支障をきたしている状態のことをいいます。日本人の5人に1人は不眠で悩んでいると言われ、60歳以上の高齢になるほどその割合は大きくなります。漢方の外来でも、不眠症(眠りたいのに眠れない)という症状で漢方薬の相談に来る方はとても多いです。

睡眠導入剤を使ってもなかなか眠れない方や、処方された睡眠薬で十分に眠ることができないという方や、日中の持ち越し(日中に眠くなること)で困り、持ち越しが少ないことを期待し、いらっしゃいます。

また、最近のニーズとしては、転倒しにくい不眠に対する薬を見つけたい、というものがあります。ご高齢の方の多くは不眠を抱えていらっしゃり、そのうちの一定数がベンゾジアゼピン系の睡眠剤を長期に飲んでいます。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬には筋弛緩作用とせん妄の副作用があるため、夜にウトウトしながら立ち上がってしまうと足に力が入りきらず転倒⇒骨折から寝たきりになってしまう方もおり、これは社会的な問題の1つでもあります。漢方薬ではそれらの症状が出る報告は少ないため、不眠を漢方薬で治療する方が向いている方もいます。

漢方医学での睡眠障害の原因

漢方では覚醒と睡眠のリズムをこのように表現します。

「ヒトは日中は陽の気に支配される。夜になるとこの陽気は体内の肝心の血に取り込まれ、それまで肝心にあった陰気が出てきてヒトを支配する。その時、ヒトは眠りに落ちる。朝になると陰気は尽きて、陽気が再び体内から出てくるのでヒトは目を覚ます」

・・・これだけ書くと、メラトニンみたいですね。

漢方医学では、眠れない主な原因は「このバランスが崩れている」と考えます。つまり
①陽の気を取り込む力が落ちている
②陽の気が大きすぎること
この2つが原因になります。

肝・心の血が乏しく、夜になっても日中の陽気を完全には収容しきれない場合は(虚証)
陽気が過剰で有餘して肝心に収まりきれない場合は(実証)
と考えられます。

不眠=1つの漢方薬とするのではなく、この2つの状態によって漢方薬を使い分けると、効果的に使用できます。

では、それを踏まえたうえで不眠症に使う常用処方を解説します。一部専門的なことも書いてありますが、もし「不眠で困っていて、自分の症状に合わせた漢方薬があるかどうか知りたい」という方は、★弁証のところだけ読んでみてください。

目次

不眠症の西洋医学的なとらえ方

西洋医学的な観点では、不眠は眠りの時間と質に着目しており、睡眠の質あるいは量が不足している状態です。なかなか寝付けないというような入眠障害、寝てもすぐに起きてしまいそれから眠れないといった中途覚醒、早朝に目がさめて、再び眠ることができない早朝覚醒。眠りが浅く、ぐっすりと眠ることができないといった熟眠障害というように分類されます。

複数の不眠のタイプが同時に現れることもあります。高齢になると中途や早朝の覚醒が多くなることが統計的にも分かっています。

入眠障害・・・寝つきが悪く、床についてもなかなか眠れない

中途覚醒・・・一度眠っても夜中に目が覚めてその後眠れない、再び眠れても朝までに何度も目覚めてしまう

早朝覚醒・・・必要以上に朝早く目覚めてしまい、その後眠れない

熟眠障害・・・熟睡感が少なく、ある程度の時間眠っても疲れがとれない

睡眠時間そのものには個人差があり、睡眠時間が少なくても体が十分休養できていれば不眠症とは言えません。対して睡眠時間が長くても、日中に何らかの不調が現れていれば不眠症と診断される可能性があります。

漢方を使うにあたっても、その前に身体的な病気が隠れていないかを考えることは重要なので原因についても触れさせていただくと、不眠症を起こす身体的原因としては、睡眠時無呼吸症候群(SAS)、疼痛、掻痒、頻尿、むずむず脚症候群などがあります。関節リウマチの痛みやアトピー性皮膚炎の痒み、喘息や花粉症、睡眠時無呼吸症候群など病気の症状が原因で起こる不眠は、それぞれの治療を行い症状が和らげば元の睡眠に戻る場合も多いので、しっかりと通院しましょう。

生理的原因としては、気温、時差ボケ、騒音、交替勤務など。

心理的原因としては、心理的ストレス、人間関係の悩み、ライフイベントなど。

精神的原因としては、うつ病や神経症など。

薬剤性原因としては、アルコール、鎮咳薬、ステロイド、カフェイン含有製剤など。

これらの中には、特異的に治療すれば改善するものもあります。また、カフェインなどのように避けるだけで改善するような生活習慣については、その点に着目することはとても大事なことです。

西洋医学の治療

不眠の原因が外的なものによる場合は、原因となる環境や物質を排除します。ほかの病気が原因であれば、その病気の治療を行います。
不眠が続く場合、睡眠薬による薬物療法を行ったり、不眠の原因が心理面にある場合は、カウンセリングなどの心理療法が行われます。

不眠症の状態を4つに分類し、基本漢方を知る

虚証

1、肝血不足で虚火が生じて心を上擾、不眠、煩躁する者は酸棗仁湯で養血安神、清熱除煩する。

⇒酸棗仁湯

2、脾気が虚すと心血虚が生産されず心血虚を生じ、不眠健忘する者は帰脾湯で健脾養心、益気補血する。

⇒帰脾湯

実証

1、実熱が上中下の三焦に充満し、のぼせて興奮し、夜も眠れない者は黄連解毒湯で瀉火清心する。

⇒黄連解毒湯

2、少陽の気が鬱して巡らず、心肝火旺して眠れない者は柴胡加竜骨牡蠣湯で少陽を安和し、鎮心安神させる。

⇒柴胡加竜骨牡蠣湯

上記の4つに分け、基本的な漢方薬の向きを考えます。

実際の使い分け

1)虚弱な体質の人(肝血不足)には酸棗仁湯(出典:金匱要略)

酸棗仁湯は、肝や心の血を補い精神を安定させ、イライラを鎮めて催眠作用をもたらす漢方薬です。虚弱な体質の人の疲労や精神不安からくる入眠障害に効果的です。

★方意

体力が衰えている人が気が昂って眠れない時や、その他神経が興奮する時、即ち虚煩・不眠に用いる。

本方証の虚煩・不眠は肝血が不足して陽気を制御できない、所謂陰虚陽亢のために生じたものである。

脉は弦細数。舌質紅で無苔か薄苔。

★弁証のポイント

①虚証(肝の陰血不足):人体の正気 (生命活動の動力) が不足し抵抗力が低下して生理機能が減退している状態。疲労して気力に乏しい、精力不足、顔面が青白い、動悸がする、呼吸が速い、寝汗をかくなど。

②胸中煩悶不快(虚煩):心を痛めて思い悩む。(汗や嘔吐や下痢などの後も、なお熱があり、胸中ほてって暑苦しくて熟睡できない)

③興奮(目が冴えて眠れない)

という症状の方に、酸棗仁湯(サンソウニントウ)が効果的です。

肝に血が足らない状態では、眼精疲労のような症状(目がかすむ・疲れる・目が渇く)、めまい、こむらがえり、しびれ感などが出やすくなります。似たような補剤として使用する十全大補湯や人参養栄湯、補中益気湯なども不眠に対し用いられることがあります。

2)虚弱な体質で心配事が多く考えて眠れない人(心脾の虚)は帰脾湯(出典:済世全書)

気や血を補い、精神を安定させ脾の機能を高める作用があります。虚弱な体質で心配事が多く、考え過ぎて脾の機能低下や心の血液不足を起こし、眠りが浅くなっているタイプの人に効果的です。同様の症状でのぼせやイライラが強い人には加味帰脾湯を用います。

★方意

帰脾湯は心と脾の虚に因り現れる諸証を治す処方である。大別して二通りの証候が現れる。
一つは脾虚に因り心血が養われない結果、心血虚を呈し、不眠、健忘などの精神神經症状を現す場合。
もう一つは気血の生成が不足する結果、脾の統摂作用が失われて、血が漏れ出して、貧血と異常出血を来たす場合である。

★弁証のポイント

疲労倦怠感が著しく息切れ寝汗がある
不眠、健忘、痴呆など精神症状
ひどく顏色が悪く、時に出血がある

このような方に効果的なのが、帰脾湯(キヒトウ)です。これを考えの起点として、例えばイライラしやすいなどの症状を伴う場合に精神不安を改善する柴胡(サイコ)を加えた加味帰脾湯を選ぶ、などのように調整します。

構成生薬としては「酸棗仁(さんそうにん)」のような精神安定作用のある成分と、「人参(にんじん)」「黄耆(おうぎ)」に代表される元気にする成分が含まれるため、何となくからだがだるい不眠症状に使用できます。

心は精神・意識・思考などの活動を司っているため、これらの支障が出た状態と考えます。血が足りない状態というのは、たとえば貧血や手術後などの失血後、また癌などでも血が失われ、また生成が減るとされ、元気がなくて浅黒いような色の悪さを伴う癌患者さんの不眠では、帰脾湯がとてもよく効いたと実感される患者さんを経験します。

3)夜になっても体が活動的になっていることで起こる入眠障害(三焦に実火が充満す)に黄連解毒湯(出典:外台秘要)

黄連解毒湯は体の熱を冷まし、精神状態を落ち着かせる作用があります。心や肝が熱をもち、夜になっても体が活動的になっていることで起こる入眠障害を改善します。比較的体力があり、のぼせやイライラ・高血圧傾向などがある人に向いています。

★方意

上中下の三焦に湿熱が充満して表裏に実熱証を生じた時の基本処方である。
高熱で口や咽が乾燥し、不眠煩躁し、時に狂躁状態となり、言語錯乱することも有る。
火熱が血分に入り血熱妄行して、吐血・衄血・下血、或は皮下出血することも有る。
舌質は紅・舌苔黄。脉は数で有力となる。

★弁証のポイント

のぼせ症(耳鳴り、頭痛、鼻血)
興奮、イライラ、不眠
心下痞(心中煩悸):みずおちがつかえる。(胸苦しく動悸がする)

という症状の方に、黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)が効果的です。

4)ストレスなどの精神状態に反応して起こる入眠障害や中途覚醒の方・生真面目几帳面型の不眠症は柴胡加竜骨牡蛎湯(出典:傷寒論)

肝の機能が停滞した状態を改善し、自律神経を整える作用があります。ストレスなどの精神状態に反応して起こる入眠障害や中途覚醒に効果的です。比較的体力があり、イライラやのぼせ・頭痛などの症状がある人に向いています。体力がないタイプの人には桂枝加竜骨牡蛎湯を用います。
★方意

標準的体力が有りながら、肝の気が滞り、肝だけでなく三焦・心・胃まで臓腑の気能が失調する結果、気分が塞いで抑うつ的になり、全身が重く感じられ何もする氣が起らない。その他に不安、不眠、動悸など多彩な証候を呈してくる。

★弁証のポイント

①胸満(胸脇苦満):みぞおちから胸のわきにかけて充満した感じで苦しく、肋骨(ろっこつ)の下を押すと抵抗がある症状。
②煩驚(不安、不眠):神経過敏の状態。煩驚のあるものには、心下または臍部で動悸の亢進しているものがある。
③臍上動悸:臍(へそ)上部の動悸

という症状の方、生真面目・几帳面型の人に、柴胡加竜骨牡蛎湯が効果的です。

以上4処方が、不眠症で使用される処方と使い分けになります。

不眠の漢方薬に抑肝散は?

抑肝散は不眠に対して高頻度に使用される漢方薬です。いわゆる家庭医~外科医まで含めて使用経験が多い(使い慣れている)漢方の1つなので、頻繁に使われ、使用経験の集積が多く、そのためエビデンスも豊富な漢方薬です。

特に認知症患者で怒りやすいようなタイプの不眠でよく使用されます。認知症患者では、記憶障害に加えて、幻覚、妄想、抑うつ、興奮、攻撃的言動、徘徊などのいろいろな症状を起こしてきます。最近はそういった症状をひっくるめてBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と呼びます。抑肝散はそれらに対するデータが多く、効果的と考えられています。

特に1)と4)の混在するような、興奮しているが不安感が強い、というようなときに用いられます。4つのジャンルの中で2つが混在しているようなやや複雑な証になります。体力が中等度あり、興奮しやすく、怒りやすく、イライラする、という方の不眠症に使用します。腹部を見ると、左腹直筋が緊張している方では特に良いとされてます。

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