
近年、自律神経系(autonomic nervous system; ANS)への鍼灸刺激の作用メカニズムと臨床的有効性に関する研究が進展しています。自律神経は交感神経と副交感神経からなり、体内の恒常性維持に重要な役割を果たしています。
鍼刺激はこの自律神経を介して多様な生理機能に影響を及ぼすと考えられており、過去3年以内に公表されたレビュー論文および臨床試験では、鍼灸が自律神経を介して疼痛、消化機能、炎症反応などを調節し、関連疾患の症状を改善しうることが示唆されています¹ ²。
本報告では、自律神経系と鍼灸の関係に関する理論的背景を概説し、最新のレビュー論文の知見と臨床試験結果をまとめ、鍼灸が自律神経を介して発揮する治療メカニズムと臨床的有効性について考察し解説します。
自律神経系と鍼灸の理論的背景

自律神経は脳の中枢の自律神経ネットワークと末梢の交感・副交感神経から構成され、内外環境からの入力を統合して臓器機能を調節する仕組みです。
鍼刺激は体表の感覚神経を活性化し、脊髄を経由して延髄の孤束核や視床下部、辺縁系などの脳内自律神経中枢へ伝達されます。
その結果、各種内臓機能に対する遠心性の自律神経活動が変化し、内臓機能の調節や抗炎症作用、鎮痛効果が生じます¹。
伝統的な東洋医学理論では、鍼灸は陰陽のバランスを整えることで効果を発揮するとされますが、これは現代生理学的には交感神経と副交感神経の二方向性の調節作用と対応すると考えられています³。
特定の経穴から起こる体性感覚─自律神経反射経路が各臓器機能に影響を及ぼすことが明らかになっており、経穴の選択によって交感神経系あるいは副交感神経系を選択的に賦活または抑制しうると報告されています³。
最近のレビュー論文の要約
鍼灸と自律神経の関連については、近年複数のレビュー論文が発表されています。Liら(2022年)の包括的レビューでは、過去20年間の基礎研究および臨床研究を整理し、自律神経が鍼灸効果の主要な伝達経路であり、鍼刺激が片頭痛、うつ病、不眠症、機能性ディスペプシア、便秘など自律神経機能異常を伴う症状を緩和しうることが報告されています¹。

さらに、このレビューでは鍼刺激が迷走神経中枢を含む脳内ネットワークを活性化し、遠心性の自律神経を介して内臓機能改善や炎症抑制、疼痛緩和をもたらすと結論づけられています¹。
また、Liら(2024年)は2013~2022年の関連文献445件を分析し、鍼灸による自律神経調節研究の主要トピックが抗炎症作用(特にコリン作動性抗炎症経路)および消化器・心血管機能の調整であることを明らかにしました⁴。さらに、この分析では臨床応用に向けた最適な刺激条件を見極めるために、質の高い研究が今後必要であると結論づけられています⁴。
自律神経指標を用いた客観的評価に関するレビューとしては、Hamvasら(2023年)の系統的レビューとメタ分析があります。複数のRCTデータを統合した結果、実鍼治療群では施術前後で高周波成分(HF)が有意に増加し、低周波/高周波比(LF/HF)が有意に減少したのに対し、偽鍼群では有意差が認められませんでした²⁵。これにより、実鍼が偽鍼に比べ副交感神経トーンを高めうる可能性が示唆されています²。
さらに、Zhangら(2024年)は鍼刺激による敗血症改善効果をまとめ、自律神経を標的とした抗炎症経路の活性化が炎症性疾患管理に有望であることを論じています⁵。
臨床試験の結果と考察
近年の臨床試験では、鍼灸が自律神経バランスを変化させることで臨床症状の改善に寄与することが示唆されています。
例えば、健康成人の実験的疼痛モデルを用いたRCTでは、本鍼治療群で視覚的アナログ尺度(VAS)が有意に低下し、有効率は約82%でした。一方、対照群では約50%、偽鍼群では61%にとどまり、本鍼群の鎮痛効果が際立ちました⁶。また、本鍼群ではHRV指標のHF、総パワー(TP)、標準偏差(SDNN)、RMSSDが有意に上昇し、迷走神経活動の亢進が示されました⁶。
当院でもHRV指標などの測定器を用い(Condiview機器)、自律神経の状態や治療効果の参考としています。


消化器分野では、機能性ディスペプシアの一亜型である食後愁訴症候群患者を対象としたRCTで、真鍼治療群が消化不良症状スコアを有意に改善し、血中グレリン濃度も有意に上昇しました⁷。同群ではHF成分が増加し、LF/HF比が低下し、迷走神経トーンの改善が示されました⁷。
婦人科領域では、更年期障害を有する女性48名を対象に鍼治療と偽鍼を比較したRCTで、本鍼群では施術中および施術直後に心拍数が有意に低下し(79%がベースラインより5%以上の減少)、HRVのHF成分が増大しました⁸。このような自律神経の応答の変化に伴い、更年期症状スコアも有意に改善しました⁸。

これらの結果は、鍼灸が交感神経抑制および副交感神経亢進という自律神経バランスの調節を通じて、疼痛や消化器症状、更年期症状などの改善に寄与しうることを示しています¹。
今後の研究課題
今後は、特定の経穴刺激がどの中枢─末梢自律神経経路を介して臓器機能に影響を与えるか、その体性感覚─自律神経反射マッピングを体系的に解明する研究が求められます¹。また、刺激部位、周波数、強度、施術時間・回数と自律神経応答との関係を詳しく検討し、疾患や症状に応じた最適な刺激条件を明らかにする必要があります⁴。さらに、機能的MRIやPETによる脳内可視化、高時間分解能HRV解析、血中ノルアドレナリン測定などの神経科学的手法を活用して作用メカニズムを解明することが期待されます。
参考文献
- Li YW, Wang ST, Gong YN, et al. The autonomic nervous system: A potential link to the efficacy of acupuncture. Front Neurosci. 2022;16:1038945.
- Hamvas SZ, Hegyi P, Kiss S, et al. Acupuncture increases parasympathetic tone, modulating HRV – systematic review and meta-analysis. Complement Ther Med. 2023;72:102905.
- Liu CZ. Relationship between acupuncture and the autonomic nervous system. Acupunct Herb Med. 2023;3(3):137–138.
- Li YQ, Yao JP, Yan XY, et al. Advances in acupuncture regulation on the autonomic nervous system from 2013 to 2022: A bibliometric analysis via CiteSpace. Complement Ther Med. 2024;80:103009.
- Zhang Z, Zhang D, Lin Q, Cui X. Therapeutically fine-tuning autonomic nervous system to treat sepsis: a new perspective on the immunomodulatory effects of acupuncture. J Inflamm Res. 2024;17:4373–4387.
- Yin X, Zhang Y, Hou T, Feng M, et al. Effect of ‘needle sensation’ and the real-time changes in autonomic nervous system activity during acupuncture analgesia. Front Neurosci. 2024;18:1349059.
- Fu Z, Hou Q, Wang H, et al. Acupuncture improves the symptoms, serum ghrelin, and autonomic nervous system of patients with postprandial distress syndrome: a randomized controlled trial. Chin Med. 2024;19:162.
- Kouzuma N, Taguchi T, Higuchi M. Heart rate and autonomic nervous system activity relationship during acupuncture associated with postural change and effect on menopausal symptoms: a prospective randomized trial. Med Acupunct. 2022;34(5):299–307.